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箕島は場を仕切り直すためにわざとらしく咳払いをした。
「本日来ていただいたのは、もう一度状況を確認するためです。愛人とか、その、必要な場合には伺いますが。基本的には当日の状況をお聞かせいただければと思ってます」
美穂は安堵した表情を浮かべたもののすぐに首を捻った。
「でもそれはもうお伝えしたと思うのですが」
「すみません、お話を伺った署員がインフルエンザに罹ってしまって。引き継ぎしたものの何も聞いてない状態なんですよ。何やら高熱にうなされて答えるのもままならないようで」
「インフルエンザですものね」美穂は分かりますと言わんばかりに何度も頷きながら答えた。箕島はその姿にいままでとは違う美穂を見たような気がした。わずかな引っかかりではあった。
「それでしたらどこからお話すればいいでしょうか?」美穂は箕島をまっすぐに見つめた。
「えっと、まずは当日のことを順を追って教えていただけますか? 確か仕事で打ち合わせをしていたとか」
「ええ。リモートですね。自宅のパソコンで打ち合わせができるなんていい時代になりました」
「失礼ですがお仕事は?」
「文章入力の仕事です。主にビジネス系ですね。インタビューの書き起こしみたいな」
「ずっとこのお仕事を?」
「いえ、その前は所謂赤ペン先生というのをやってました。そこで親しくなった方がフリーとして独立されましてお仕事をいただけてるという感じです」
「そのお仕事は長いのですか?」
「一年くらいでしょうか。もっともその方とのお付き合いは三年ほどになります」
「そうですか。それでその日は打ち合わせを?」
「はい。先方さんのチェックが入ったので、その件で」
「どのくらいのお時間だったのですか?」
「昼過ぎくらいから夕方くらいまでかかっていましたね。終わった頃には日が暮れてましたから」
「そんなに?」
「つい脱線して話し込んでしまうんですよ。年齢も近いし気が合うのもあるからでしょうか」
「まあ気が合わなかったらお仕事を頼むこともないでしょうしね」加藤が口を挟んだ。美穂はそれについては黙って軽く頷いていた。
「その日のことは水戸さんに聞いてもらっても大丈夫ですよ」
「水戸さん?」箕島は調書を捲った。だが水戸という名前は出てきていなかった。
「以前は先方の名前まで聞かれていませんよ。もちろん確認するまで名前を出すつもりはありませんでしたけど。ビジネス書って案外守秘義務の多い仕事なんです、すぐに真似されますから」
「では先方に確認を取ったということなんですね?」
「はい。こうやってまた呼ばれたということは何か書類が必要なんだろうなと思って」
「書類?」
「はい。いえ病気で亡くなってるということは事実ですけど、救急車を呼んでしまったので。何か報告しないといけないんだろうなって」
「はあ」
手際が良すぎる。そう思わないこともない。だがどこかズレていて、自分が疑われているということは微塵も考えてはいないように箕島には見えた。
「連絡先を教えてもらえますか?」加藤がすかさずフォローに入った。「こちらから連絡しても?」
美穂は頷いた。二人がやりとりしているのを箕島はぼんやりと眺めるしかなかった。
「──先輩。さっきから何を考えているんですか?」
美穂の姿が見えなくなるまで見送ってから加藤は突然口を開いた。
「なにって。まあ」
「先輩にしては珍しく歯切れが悪いですね。取調べ中も心ここに在らずみたいな」
加藤の問いに箕島はしばらく答えなかった。加藤はそんな箕島を一瞥するとじっと箕島が口を開くのを待った。
「──おまえはどう思った?」
「どうって彼女についてですか?」
「まあ、そうだな」
「シロかクロかって意味でですか?」
「いや……そのあくまで印象っていうか」
加藤は顎に手を当てると小声で唸った。そして、答えになってないかもしれませんが、と前置きした。
「素直にみれば、地頭は悪くないけど少し天然って感じですか」
「素直にみなけりゃ?」
「──天然も含めて全てが計算づく、ってとこでしょうか」
それを聞くと箕島は頷いて返事もせずに歩き出した。それは加藤の答えに満足したということだった。実際箕島も加藤と同じ印象を受けた。夫を突然亡くした挙句に愛人が乗り込んできた。混乱して憔悴していることは間違いないだろう。だが──それが本心だろうか。そうは思えないというのが今の箕島の答えだった。
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