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「先輩、どうするつもりですか?」
取調室に向かう廊下で加藤は口を開いた。
「どうって、まずは当時の状況を聞いてみるしかねえだろ」
あれから手渡された調書を読み込んだ。この件を鈴木が気になったのには理由があった。被害者は坂口裕介65歳。心筋梗塞と脳梗塞を同時に発症。約一時間後に死亡。第一発見者は妻の美穂55歳。美穂はすぐに119番に連絡し、救急車の要請をしている。司法解剖も問題なかった。問題なのは──それが平日の昼間であったことだ。
箕島は取調室の前に立つと息を吐いた。第一発見者の美穂が先に部屋に入ったと連絡はあった。この扉の向こうには鈴木が怪しんでる人物がいるのだ。箕島は申し訳程度のノックをすると扉を開いた。
椅子に座っていたのは痩せ型で長めのショートカットの女性だった。色褪せたような淡いピンクのスカートと型の古いブラウスを着ていた。箕島は簡単に挨拶をすると女性の目の前に座った。女性は憔悴しきったような顔をしていた。目の下のクマが色濃く浮き上がっていた。
「ご足労いただいて申し訳ありません、坂口美穂さん」
箕島がそう言うと美穂は顔を上げずに「いえ」と小さな声で答えた。
「その、葬式やら何やらでお忙しいんじゃないかと」
「いえ、まだ葬儀社に預かって貰ってます。火葬場の都合で数日待ってくれとは言われたのですが、今になってはそれは良かったと言えるんでしょうけど」美穂はそう言ってふっと笑った。事件性について疑われていることが分かっているということだろうか。箕島の身体は緊張で強張った。それはほんの一瞬ではあったが。
「──あの人の子どもだって言って女の人が赤ん坊を連れてやって来たんです。それでいまDNA鑑定中なんですよ」
箕島は予想外の返答に言葉を失った。
「いまの技術なら髪の毛とか残ってればDNA鑑定も可能ですよ」加藤が柔らかく尋ねた。
「そうなんですってね。でもなんだかもの凄い剣幕で、自分の目の前で採取しろって。私はすっかり気が動転してしまって、代わりに姪が対応してくれました」
「それで火葬してないんですか?」
「子どもがいるなら喪主は自分だって譲らないんです。姪が葬儀社に勤めているのでエンバーミングをしてもらいました。本来なら難しい処置らしいんですが姪のおかげです。面倒な人のようなのでこちらとしては有難い限りです」
「それでそんなにお疲れのようなんですね」
加藤の言葉を聞いて美穂は慌てたように自分の頬に手を当てた。そしてまた小さな声で「すみません」と呟いた。
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