26 滔々
〇コマンドポスト
混線する通信に戒兵たちの焦りの声音が乗る。
堰を切ったように突如として臣海の杜本部に姿を顕した異形の群れ。姿形を殆ど同一としたそれらが各棟と中庭、次いで劇場に降り注いだ時、攻勢展開を果たしていた討伐軍に大きな潮流の変化が生じた。
それらは対狼が"異形"という仮名で呼称する不確定存在であり、臣海の杜が韋駄天と同様に討伐軍への対抗戦力として確保した外部傭兵的存在であると推察されていた。
しかし、異形に対する戦力分析や素性調査のために"
「これを見越してましたか、牢長殿」
「"異形"は臣海の杜が持つ有力なカードだ。夜見の側近的な戦闘力で必要に応じて戦局投入してくると踏んでいたが、まさか空から大量に降ってくるとは思わなかった。……我々も他人事ではないな」
「へ?」
その瞬間、通信中継基地の役割を持つ特別装甲車が縦揺れに襲われる。
小野は腰を抜かして転倒し、数あるモニターがそれぞれ乱れ、機器の一部が発する警報音に貌を顰めた。
先程のは異形が彼らの在る装甲車の直上に着地した衝撃だった。
「ちょ、おいおいおい。
「そりゃあそうだろうよ」
静稀は通信機の一つに手をかけた。
今まさにどこかに連絡を取ろうとした時、今度は装甲車が横方向に大きく揺れ、静稀は転倒しかけ、小野が壁に頭をぶつけた。
「今度は何すかー!」
「いや。いい。連絡を取る手間が省けた」
静稀が装甲車の乗降口を見据え、特別仕様のセキュリティと頑強な防扉で守られた入口が開く様子を見守る。
雨に濡れた戦闘服を着た五十代ほどの男が、無言で歩み入る。肩には泥と血が混じり、左手には異形の頭部。包帯と革帯に覆われたそれを、まるで壊れた機械の部品のようにぶら下げていた。
右手には骨董品のような日本刀。腰に佩く鞘はところどころ錆び、柄巻きは黒ずんでいるが、握られた手の先で光る刃には新しい血がわずかに残っていた。
室内にいた通信士たちが息を呑む。男は黙って頭を床に落とし、湿った音が響く。
「
小野は安堵と緊張の同居したえもいえぬ表情を浮かべた。
源二等は床に転がる異形の頭部を蹴り上げ、静稀にボールパスのように差し向けた。
「牢長。コレについてだが、"
「アンノウンだ」
「不明個体。これが?……アンタ、分かってるよな。コレがなんだか」
「いいや。確定的なことは何もわからないな。妄想の範疇でなら、推察は可能だが」
意味ありげな静稀の態度を受け、源は苦虫を噛み潰したような表情を露わにした。
「嫌だねぇ……立場ある人間はいろいろと気を遣わにゃならんくて適当なことしか言えやしねぇ」
源は納刀し、通信士が手元に置いていたミネラルウォーターのペットボトルを乱雑に飲み干す。ぷは、と僅かに声を漏らした源はコマンドポストのモニター群を前に視線を配った。
「どうしたもんかねぇ。
「
「信者が邪魔してきた場合は如何すればよろしいか」
「個別の判断は班員に一任する」
「承知した。さようであるならば、さしあたり取り掛かるとするか」
―――
―――
―――
〇中庭
雨の中庭を、"不死腐狼"芦屋邇都と異形が駆け抜けた。
人狼の踏み込みは地を砕き、瓦礫を飛ばす。獣じみた筋肉がうねり、腕が一振りされるたびに空気が盛り上がるように揺れた。
異形たちはその暴力的な速度の中を滑るように器用に回避してみせる。その回避力を担保する姿勢制御はやはり人間離れしており、包帯に覆われた四肢が蜘蛛のように折れ曲がる中で、両手に握られたカタールが雨粒を切り裂いて閃く。
人狼の肩を、腹を、背を刃がかすめ、血飛沫が濡れた石畳に散った。
再生の菌が肉を縫う。焼け焦げ、泡立つ腐敗の中、吐き気を催すような悪臭と共に、裂けた皮膚が閉じ、毛が茂る。
その間にも異形たちは間断なく襲いかかる。二体が死角から交差し、もう一体が背後から跳躍。邇都は低く唸り、腕を振り抜いた。衝撃で一体の胴がねじれ、壁に叩きつけられる。
しかし残る刃が脇腹を裂いた。吹き飛ばした異形も壁との激突の合間にしなやかに受け身をとり、既に追撃への動き出しに成功している。
(カタールに妙な薬品や毒を入れられている感じはない。挙動と動線は妙だけど、手数もあくまで手足の数に準拠して、出せるダメージも裂傷、挫傷の域を出ない。私がコイツに殺されることは無い。運用はあくまでも一般戒兵を想定した戦力か?
……確かに一般戒兵には手が余るのは確かだろうけど)
そんなことを考えている間に第四班の戒兵が一体の異形に襲われている姿を視線の先で捉えた。なるほど、対人用の制圧兵器では異形に対してまるで有効打にならず、閃光弾の光も音も、ゴム弾による至近距離からの射撃も効果がなかった。
邇都は持ち前の爆発的な突進力で戒兵に襲い掛かる異形との距離を詰め、背後から手を廻して異形の体躯をホールドした。
さらに背後から複数の異形が邇都を追って距離を詰めてくる中、ホールドした両手をクラッチ。上背のある巨体を反りあがらせ、そのまま全力を込めて背後の異形共を諸共に持ち上げた異形を地面に向けて叩きつける。
轟音と衝撃。
ジャーマンスープレックスの形で異形の頭部が反り投げに叩きつけられ、石畳が蜘蛛の巣状に割れた。
幾多の骨と肉が砕け、血が勢いよく広がる。
(血肉で動くが、どうにも人間らしさのようなものを微塵も感じない。
妖怪……なら、このレベルの個体を宍汪連が大量に放置するとは考えずらい。
僵尸とかホムンクルス、或いは人形とか…?)
血溜まりの中で異形の筋肉の一部がピクリと跳ね、やがては動かなくなる。
柔軟性を持った体は人狼の膂力からなる打撃を受け流すことさえ出来ていたが、さすがに全身がバラバラにされては物理的に死ぬということがわかった。
「い゛と゛お゛か゛し゛」
五体いた異形は先程のスープレックスの際にまとめて三体屠られ、残るは二体となっていた。容姿が写し鏡のように酷似している異形は仲間が無惨に殺されてもまるで怯む様子はなく、感情を排斥したゾンビのような攻勢を展開し続けてきた。
邇都が飛び掛かてくる二体のうちの一体を胴回し回転蹴りによって叩き伏せる中、邇都は自らの右腕諸共残る一体の異形に一太刀を浴びせる何者かの存在を気取る。
人狼の持つ圧倒的な筋力とそこから成る速度感からしても、その男の一閃は驚異的な速さを感じさせた。邇都が自らが相手取っていた異形の死を確認するのとほぼ同時に、残る一体の首を流れるような太刀筋で撥ねて見せたのは、源唐塘二等戒兵だった。
彼は対狼の主要メンバであり、個人的な裁量権を持って運用できる特別班を任された特異な人材として知られている。観芭ラグーンでは彼を知らぬものがいない程の有力戦力であり、特殊能力こそ持たないが、だからこそ常人離れした圧倒的な戦闘力は"観芭の鬼蜻蛉"として異名を冠し轟いていた。
二等戒兵でありながら一等戒兵以上の戦闘員を引き連れる形で構成された源特別遂行班は主に討伐作戦時の遊撃隊や掃討戦を担当し、生け捕りが主たるアイデンティティであるLAGO2Nの中にあってでさえ、"殺処分"を認可された戦闘特化集団という役割を与えられていた。
「……源二等。私の腕も斬り落とされたのですが、耄碌しましたか」
「おや。これはこれは芦屋一等殿。とんだ失礼を仕った。小生、この手の戦場には不慣れなもので、つい手が震えて刃があらぬ動きを。しかし、貴方が何を気負わずとも勝手にそれ《腕》が治るのだから便利で羨ましいものですな」
邇都の体毛が殺気により逆立つ。
「なんだそれ。立場を弁えた発言をしろよ、ジジイ」
「まったく。若いとは血気盛んで良いものですなぁ」
「なかなかどうして、私に対して思うところがあるようですね。人狼はお嫌いですか?……作戦に私情を持ち込むのはご遠慮いただきたい」
「いえいえ。……ただ、勿体ないなぁ、としみじみ」
「は?」
そこで源は骨董品のような太刀を鞘に仕舞った。
「まぁ、仰る通り今は作戦の最中。ジジイと小娘の喧嘩で討伐軍のテンポを乱しては忍びない。さぁ、気張って参りましょう。西棟の異形は仕留め終えたので、お手数ですが東棟をお願いしても?小生らは中央棟の異形の殲滅に向かわねばならぬ故」
「作戦終わったら覚えていてください」
「えぇえぇ。勿論。芦屋一等殿とはいずれ腰を据えて長らく語らいたいものです」
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