21 邂逅
〇東棟3階_芦屋邇都サイド
手に持った小型無線機を下し、芦屋邇都は静かに視線を通路の隅にやる。
「さてと。―――久しぶりですね、スティーブ・カッターネオ君。なんで、私が判ったのかな?」
白装束に身を包んだ邇都は、自分とほぼ同じ格好をしたスティーブと向き合った。今の邇都は臣海の杜の内部に潜伏するため、信者たちから衣服を奪い、さらに偽現インスタンスによる存在感の希薄化を発動させていた。
臣海の杜の幹部格であれば当然、今回の抗争において"不死腐狼"である芦屋邇都という戦力の存在は無視できない。圧倒的な戦闘力である人狼を警戒せざるを得ない状況で敢えて人間形態のままでいることで、彼女がある程度フリーな状態で施設内に潜伏できる状態となることを期待していた。
しかし、西棟での侵攻に伴って教団側の意識がそちらに向いている状況下にあってなお、このスティーブ・カッターネオという青年は早々に東棟に居る邇都の元へ現れた。
途中ですれ違った他の信者たちは彼女という侵入者を看破することはできなかった。というのに、スティーブは他信者と同様の炯々と眼を燃やした異常な剣幕で、3階の細い通路で彼女の前に立ちはだかったのだ。
「……アーカスに手出しはさせないッ‼‼」
スティーブ・カッターネオは武装していた。
右手にカッツバルゲル形式の片手剣。左手に複雑な文様が描かれた円盾。セントドラゴニアの歴史書に登場するような古い武術スタイルだった。
「君くらいの歳にそういう恰好がしたくなるのも、刃物を持って自分が強くなったと倒錯してしまう気持ちもわからなくはないです。でも、人に凶器を向ける意味を履き違えてはいけない。……街の喧嘩とは違うんだよ。今この場で弟の居場所を言うなら見逃してあげる」
「皆さァん‼こっちです‼ここに化け物がッ‼敵がいまァす‼‼」
トリガーを引くようなスティーブの声に東棟3階にいた信者たちが即座に反応。
野獣のような息切れと咆哮に塗れながら、十人近い狂信者が邇都を通路の前後から迫った。
「自分で来いや、愚図」
邇都は白装束の裡から拳銃を取り出す。左右の手に一丁ずつの二丁スタイルで手を通路の前後に突き出し、頸を左右に捻りながら迫り来る狂信者をゾンビ映画さながらの血飛沫を上げながら制圧していく。
潜伏する都合上、一般兵士と同様の装備を持つことができなかった邇都は実弾拳銃と補充弾薬の持ち込みを許可されていた。射撃の腕も一級品であった彼女の手に掛かれば、迫り来る複数名の狂信者の脚を撃ち抜いて床に転がす処置は容易かった。
全ての狂信者の動きを止めたと思った矢先、鋭い殺気が邇都に届く。邇都の視線が通路を往復する一瞬の間にスティーブは距離を詰め、一心不乱の形相で剣を振るった。
(速いな)
邇都は一閃を躱しざまに身体を捻り、廻し蹴りによるカウンターを繰り出す。しかし、彼はそのカウンターの動きに即座に反応し、円盾の中央で蹴りを受け止めて見せた。
「………」
彼女は間髪入れずに両手の銃を威嚇も兼ねて顔に向けて発砲。マズルフラッシュの中でスティーブが首を捻転させて回避行動を取るその速度を受けて、改めて彼の反応速度を高さを確認した。
弾丸が切れた左手の拳銃を右手に持ち帰る合間にも彼は鋭角の斬撃を斬りこんでくる。当然、もろに喰らえば並みの人間ならただでは済まない攻撃である。
「変。動きは素人だけど、人間の動きじゃない。人を殺すのもお構いなし。君、少し見ない間に随分と……」
「黙れッ‼」
スティーブは剣を邇都に向けて投擲した。集中した彼女は余裕を持って躱したが、スティーブは白目を剥く程の剣幕で彼女に突進し、手放した剣を拾いながらもしシールドバッシュの動きで彼女を壁まで叩きつけた。
「他の信者もなんか頭いじられて動きが良くなってるけど。君はなんか違うね。幹部はプラスアルファで戦闘力も上がってるのかな?」
彼女は壁に叩きつけられてなお手放さなかった拳銃に指に掛ける。銃口が自らの肩に向いていると察知したスティーブはただちに動作を開始、弾丸の軌道を予測しながら盾をうまい具合に構えて少し距離を置いた。
「最終警告。アーカス・カッターネオの場所を教えなさい。それが叶わない場合、君を殺す」
「……今朝の殺しはお前がやったのか?」
「ハァ?身内の殺しを人のせいにするんじゃないよ。気持ち悪い」
「アーカスは人狼じゃないッ‼」
「残念だよ。弟を真に想うなら、こういう選択はするべきじゃなかった」
騒ぎを聞きつけて東棟の別階に居た狂信者たちが集まりだした。先程のスティーブの動きを見る限り、彼は混戦状態でも的確な身体操作で攻撃を継続してくる。邇都はこの期に及んでその戦いに付き合う気分にはなれなかった。
[小野さん。V-8臨戦プランいきます]
[――了解]
無線機を通じた僅かなやり取りだった。
既に肉迫する狂信者を的確な対捌きでいなしつつ、必要であれば残弾で脚を撃つ。
混戦の中でもやはりスティーブの戦闘力には目を引くものがあり、建物の地形や内装の配置をうまく使って縦横無尽な動きを実現してみせた。
そこに一機のドローンが合流した。
狭い通路にて特徴的な駆動音を掻き鳴らしたそれが器用に建物を巡り、彼女の元に辿り着く。
猛獣のような感の良さを備えたスティーブは即座にドローンの対処に移ろうとした。しかし、その強化された動体視力は刹那の合間に在るドローンの赤い膨張を捉えた。内部で金属が悲鳴を上げるように軋み、空気が震える。
光と共に熱風が吹き荒れ、強い炸裂衝撃によってその場の信者らが轟音と共に肉片へと変貌した。
ドローンの自爆による熱や衝撃に対して円盾は有効であるはずもなく、スティーブの身体もまた強い光と熱の中で四散し、散り行く宿命には逆らえなかった。
―――
肉の焦げた匂いの満ちる空間。三階の廊下だった場所は、もはや通路の形を留めていない。人の形をしていたものは、ただの黒い塊となって床に貼りついていた。
焦げた天井からコンクリ片がぱらぱらと落ちる。取り付けられていた火災報知器は沈黙し、残響だけが誰もいない空間で唸り続ける。
その静寂を破り、微かな音が混じる。
崩れた瓦礫の下で、焼け爛れた肉が蠢く。焦げた皮膚がずるりと剥がれ、内部の筋が黒い煙を吐きながら再構築されていく。千切れた腕が床を這い、もう一方の肩へと吸い寄せられた。骨が軋む音がする。軋みながら形を取り戻していく。
やがて、炭化した胸郭の奥で、心臓が再び鼓動を打つ。
それに呼応するように、血管が脈を取り戻し、黒い血が再び体表を走る。
爆炎で焼かれたヒトの皮膚が濃い緑の体毛を湛て灰の中から芽吹く。
先程まで存在しなかった獣の顎が鳴動しながら正しい位置へ戻った。
頭をもたげる。白濁した眼球が再生の最中にぐずぐずと動き、やがて光を宿す。
人狼の4番。"不死腐狼"芦屋邇都。
本来ならば人狼形態時にしか働かない"腐食再臨権能関数"をドローンの爆発と同時に人狼形態に変身することで強制的に呼び出し、周囲を一掃しつつ自分だけが五体満足の人狼として再臨するという離れ業を実現してみせた。
人狼に変身した邇都は、これから間もなく到来する在る展開を察知した。
そしてそれは、彼女が思っていたよりもずっとすぐに訪れた。
「
黄金の右脚が人狼の巨大な体躯を吹き飛ばす。幾重の壁を貫通し、数個の部屋と通路を飛び越えて三階の大部屋にまで運び届けた。
「よぉ。悪魔の下僕の犬っころ。駆けっこしようぜ」
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