20 臣海の杜討伐戦 開幕
〇臣海の杜_西棟入口
大気を裂くような轟音が響いた。
廃病院の上空を旋回していた無人機群。偵察隊・制圧隊にそれぞれ組み込まれ、部隊編成されたドローンが、西棟の施設正面入り口に十数個の閃光弾を投下した。
眩い厳光が列を成した狂信者の影を呑み込み、続いて閃光弾に仕込まれた音響装置から耳をつんざくような衝撃音が炸裂した。
閃光弾を始めとした制圧用武器は国内外で暴動鎮圧や犯人逮捕などで用いられる水準と同レベルにあり、対人性能の高さとその有効性は多くの凶悪事件解決実績が証明していた。
今回のような対組織を相手取った侵攻において、最終的な目標である"人狼"の討伐に必ずしも必要でない殺傷行為はLAGO2Nの忌避とするところであった。LAGO2Nの組織規模で言えば電撃戦のように早急に火薬と弾丸に頼った殲滅行為も可能だ。しかし、あくまでも抵抗勢力が人間で構成される場合、光と音の洪水で早々に動きを封じてしまえばわざわざ命を奪うまでもなく制圧を単純作業化させることが可能だった。
100万カンデラを超える光。170デシベルに迫る轟音。
先遣隊となる制圧部隊第一班は続けて、西棟入口に麻痺誘引ガスの拡散を狙った化学手榴弾を投入した。数秒の後に手榴弾は役目を果たし、鍛え込まれた軍人でさえ吸えば暫くはまともに動けない有害ガスを入口付近の通路にまで散布させた。
隊員たちは耐閃・対毒マスクと防弾ベストに身を包み、腕には電撃テーザーを装備。
腰にはゴム弾仕様の拳銃、背には同じく専用ゴム弾を用いる散弾銃、腰ポーチには携帯用催涙スプレーと拘束バンド。制圧部隊の役割はあくまでも非殺傷制圧に特化していた。
訓練通りに動けば、どんな暴徒も十秒で制圧できる。彼らはそう信じていた。
コマンドポストから無線が入る。
[第一班突入許可。偵察機からは西棟に20名近くの信者と一部幹部の存在を確認。人狼容疑者"X"の所在は不明。注意して捜査・制圧を開始されたし]
「第一班了解ィ‼」
若い戒兵たちが互いに頷き、煙に包まれた正面入り口を過ぎ、廊下を駆け抜けていく。
だが、その足音に重なるように、別の音が湧き上がった。
「足音…?」
違和感の正体は明らかだ。閃光弾の音と光に襲われ、次いでガスで満たされた空間で満足に活動をするには、少なくとも今の自分たちと同じ装備水準でなければ難しい。対人制圧武器を無効化して自由に動くのであれば、それは人間ではなく人狼である可能性がかなり高い。
だが、足音は一つや二つではなかった。
折れた通路の向こうから、白衣をまとった群れが現れる。
包丁、鍬、燭台、鉄パイプ。その手に握られたものは武器ではなく、日常を支えるなんてことない道具の数々だった。
「禍福渦ありや‼」
絶叫に似た掛け声と同時に、信者の群れが突進した。
スリーマンセル×4チームで構成された第一班のうち、前衛を担う戒兵がすかさずにテーザー銃を発射する。青白い電流が一発ずつ狂信者を貫き、痙攣とともに倒れさせる。
しかし、次の瞬間には別の狂信者がその上を踏み越え、中衛戒兵のゴム弾を受けながらも止まらない。至近距離で喰らえばどれも悶絶を避けられないような攻撃を受けながら、急所を撃ち抜かれても呻き声を漏らしながらも迫ってくる。
「……おい、止まれ、下がれ!」
それは味方に対する危険通知か、敵に対する警告か。
若い戒兵が叫び、催涙スプレーを噴射した。顔に直撃してなお狂信者は激痛を厭わずに戒兵に掴みかかった。覆いかぶさるような捻りのない掴みかかりでも、見かけ以上の重さと力が込められ、鍛え込まれた戒兵でも即座に切り抜けることができない。
狂信者の目は血走り、どこか獣を思わせる炯々とした眼光を放っているようにさえ見えた。
鈍い音が響き、ヘルメットがずれ、彼は壁に叩きつけられた。
視界の隅で狂信者の貌が見える。鍛錬されたものではない、自然発生的な暴力的連携。抑え込んだ敵に対して躊躇いなく鈍器を振り抜けるその異常な闘志に戒兵は慄いた。さらに別の狂信者が彼にに突っ込み、手に握った刃物が彼の頬を真横から突き刺した。
―――
〇装甲車待機列_コマンドポスト
「……これは酷い」
ドローン部隊隊長:小野隼人一等戒兵が顎を少し引き、片眉を上げながら低く呟く。管制室を担うコマンドポストは特に頑丈な大型装甲車の中に構築され、小野が指揮系統を握るドローン部隊の偵察機が集積した映像がリアルタイムで複数のモニターに投影されていた。
「既にこちら側に死者が出てます。雑把な信者なんぞ数に含めてませんでしたが、とんでもない誤算ですね。映像で確認できる限りでも、少なくとも信者の戦闘力は"半妖"や"下位魔人"と同程度に見受けられます。渦津禍津神による何らかの能力向上系の加護が働いていると見るのが妥当ですね」
それを聞いた対狼指揮官の静稀牢長は鼻で短く息を吐き、唇の端を歪める。
「制圧武器の効力は?……全く効果なしというわけではないだろう」
「はい。テーザーガンもゴム弾も肉体に対しては有効です。攻撃を受けた信者たちは時間差で次々と倒れ込む様子が確認できているため、制圧自体は可能な水準にあります。
ただ問題なのは精神的な"狂化"ですね。痛覚を遮断せずに脳のリミッターを外すことで無理やりに体を動かして暴徒の状態を維持しています。元々鍛え込まれた肉体というわけでもないのに、妙にアクロバティックでダイナミックな動きをしているのは後々の肉体への跳ね返りを考慮していない証拠ですね。
閃光弾を喰らっても動くのは脅威ですが、丁寧に対処すればあちらさんは勝手に動かなくなるものと思われます」
「……とはいえ、戒兵が殺された以上はこちらも取るべき態度を改めるべきだ」
「殲滅戦への移行も視野に入りますかね?」
「アーカス・カッターネオが一般信者に紛れている可能性がある以上、うっかり殺してしまいましたでは我々の面子が丸潰れだ」
そこで静稀は無線機に手を掛けた。
[――芦屋一等。状況を報告しろ]
[――――東棟最上階で
[アーカスの所在に目星はついたか?]
[いえ。……ただ]
[ただ、なんだ?]
[そいつの兄が私に喧嘩売ってきてるので、それを今から対処します]
[スティーブ・カッターネオか。幹部だな、そいつは弟の居場所を知っている可能性が高い。何としても聞き出せ]
[言われなくても]
「お?」
小野は数並ぶモニターの中から何かを見つけた。
「夜見が中央棟から敷地内の劇場に向かう姿が確認できます。拳銃の所持までは定かではありませんが、一人行動です」
「よし、手筈通り鯵ヶ沢戒兵長を向かわせろ。随行構成は第四班だ」
「あー。いや、既に戒兵長殿……劇場の前まで行っちゃってますね」
静稀は制服の帽子の庇を押さえ、わずかに首を傾げながら唸った。
「では、第四班は中庭の制圧。第二班、第五班は中央棟の制圧。
「東棟は?」
「芦屋一等戒兵単独で制圧させる。韋駄天との戦闘まで考慮すれば、東棟に他戒兵を寄せ付けるべきではない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます