18 実戦配備
〇臣海の杜_眞丐市本部周辺
列を成した装甲トラックが水平線を望む沿岸部に立ち並ぶ。
早朝から活動する釣り人らからすれば、その見慣れぬ暴力的な姿に言い表せぬ緊張感を覚えるものの、まさかそれらが人狼討伐に派遣された特殊組織からなる討伐部隊であるとは夢にも思わなかった。
―――
「私も一度は了承した作戦とはいえ、正午まで悠長に待ってやるなら何も朝イチで配備することはなかったのでは?対狼だけとはいえ、この規模の実戦部隊を人目から隠しきることはできませんよ」
装甲車の列の横、白いガーデニングパラソルの下に、ひとつだけ異質な空間があった。丸テーブルにはポットとティーカップ、銀のトレーが並び、湯気の立つ紅茶が琥珀色に光を返している。
椅子に腰掛けた芦屋邇都は、高まりつつある戦場の気配を気にも留めず、ゆるやかにカップを傾けた。背後ではエンジンの低い唸りと通信の無線音が交錯し、戒兵たちが命令を待っている。
同じくガーデニングパラソルの下に座す小野勇人は、穏やかな午後を楽しむように微笑んでいた。
「まぁ、今回は事実上組織同士の抗争のようなものだからね。観芭ラグーンが相手に一切の通達や警告なしで攻め込んで、その過程で人を殺してしまうようなことがあれば、眞丐の他の組織はこの一件を免罪符に奇襲攻撃を正当化してしまう恐れがある。
あくまでも投降すれば非暴力で事が収拾できるというスタンスを提示することで、相手に戦闘以外の選択肢を提示することができる。それに乗ってくるかは別としてね。そのためには多少のリスクがあっても相手に答えを出させるための待ち時間が要るわけさ」
「宍汪連なら警告なしで殺しにかかるでしょうけどね」
邇都は紅茶を啜る。
「そりゃああっちは根っからの狩人だからねぇ。それに、あっちはラグーンほど恨まれてないしね」
「ハァ……嫌われ者でも守るルールは多くて嫌になりますよ」
「小野一等。ドローン部隊の初期配備は完了したのか?」
「鯵ヶ沢戒兵長殿。万事、予定通りに準備はできておりますとも。しかし、いざ進行を開始した際にやや弱点になり得る地形が多々散見されたため、戦略塔に配置の微調整は申請済みです」
「…実際、ここまで海に近いと施設側だけの警戒では足りないだろうな」
「ええ。仰る通り、施設の内部図面が判らない以上、海から逃げられる可能性はあります。が、ウチの調査チームが今一生懸命に地形調査を並行して進めてます」
「そうか、流石だな」
梅雨喜は邇都と小野が紅茶を飲んでいる姿がどうにも呑気そうに見え、肩を落とした。
「お前たち、緩みすぎだろ」
「悪いのは待ち時間の長さです」
「……まぁ、もしかしたら人狼が投降する可能性もあるからな。待つのは大切なことだ」
「しますかね、投降」
梅雨喜は少し先に位置する臣海の杜の本部を見据えながら答えた。
「臣海の杜はそもそも人狼を匿うための教団じゃない。教団が夜見のワントップ集団になっているのなら奴の意向で人狼庇護に全力を出すかもしれないが、そうでない場合はよほどのことがない限り、ラグーンと戦うという選択を望まない者も多いはずだ。
慢心するわけではないが、ラグーンが臣海の杜に対して最終的に敗北することはない。組織力も継戦能力も奴らと我々では違う土俵に立っているといってもいい」
カップの縁を指でなぞりながら、紅茶の香りの向こうで、彼女の思考は静かに別の場所を歩いていた。
(……臣海の杜の過去を洗っても結局は大した情報は得られなかった。確かに禍神を崇め奉る教団が人狼を積極的に匿うにはそれなりのメリットがあるはず。ラグーンに狙われてなお、外部から戦力を雇ってでも抗戦しようとするのはそれだけの利点が教団、もしくは夜見にあると考えるのが普通。
でも、それがわからない。人狼を内側に抱えていては、組織そのものは喰い尽くされるリスクだってある)
「戒兵長、あの」
「いや。駄目だ」
「まだ何も言ってないんですけど」
「夜見は俺が捕まえる。奴を押さえるだけで教団が瓦解する可能性がある以上、生け捕りに特化した俺に能力の方が有効だ」
「ははっ。なんかお二人、いろいろと考えが合うみたいですねー。会話がもうすっかりコンビみたい」
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―――
―――
〇臣海の杜_眞丐市本部東棟4階_夜見の執務室
「どう責任を取るつもりだ夜見ィ‼‼」
臣海の杜
「LAGO2Nに狙われて今後教団がどうなるか考えたのか‼?
何が人狼だ‼?わけのわからん厄介な種を臣海の杜に持ち込みよって。教団は貴様の玩具じゃないんだぞ‼さっさと人狼小僧を突き出して、貴様も監獄塔で頭を冷やしてこい‼‼」
夜見は五十嵐の手を払い、少しずれた眼鏡をかけ直した。
「LAGO2Nの要求は人狼と臣海の杜幹部以上の投降です。残念ながら貴方も監獄塔送りは避けられません。そうなるのが嫌であれば、私に協力してください」
「何が協力しろだこの痴れ者がァ‼‼誰のお陰でこの組織がここまで大きくなったと思っている⁉私が汗水たらして金を集めてきたからだ‼‼」
「えぇ。五十嵐さんには感謝しております」
「教団を私物化するような真似は許さん‼‼幹部も巻き込むな‼‼貴様の首と人狼の首で事を収めろ‼これは命令だッ‼‼」
「残念ですが、それはできません」
あくまでも夜見は平静に包まれていた。
現体制のほぼNo1とNo2の会話であるが、その熱量には大きな差がある。
五十嵐がさらに顔を赤くして怒鳴り上げようとした時、冷たい金属が蟀谷に押し当てられ、汗の粒が一つ、頬を伝って落ちる。
いつの間にか部屋に姿を表していた謎の青年が五十嵐につきつけた拳銃。興奮していた壮年の五十嵐を制するにはそれ一つで十分だった。
「夜見、どうすんのこれ。困るぜ、大事な時に内輪もめされてちゃあよ。こっちはビジネスの話をしにきてんのに、部屋に入りずらくて敵わなかったぜ」
「な、なんだ貴様。どこから……だ、誰だ‼?」
狼狽える五十嵐を冷ややかに見つめ、夜見は自分の椅子に腰かけた。高級な革張りの触感が心地よく体を包み込み、座る度に感じる安心感で彼は少し目を閉じた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。
どの道、始末する予定でしたのでその男は煮るなり焼くなりお任せします。
オニモルの追加発注の件ですね。早急なご対応に感謝致します」
「ふ、フガクだと⁉貴様、まさか
発砲。
「空気読めないジジイはこの世で最も不要な生き物ンだよな」
「概ね、同意します」
「じゃ、受注した分のオニモルは置いてくぞ。検収はいいよな?」
「えぇ、現金が必要であれば、その男の懐からお納めください」
「りょ。じゃあ頑張れよ。今回のラグーンは結構強そうだぜ」
「肝に銘じておきます」
夜見は執務室を出る。
部屋の前には幹部でこそないが、臣海の杜の中で存在感を放つ、夜見の秘書である
「幹部含め施設内の全名が
「ありがとうございます。では、始めましょうか」
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