15 臣海の杜
「敢えて【邪神】と形容したとはいえ、その在らせられ方が人類にとって真の災禍であると断じるわけではありません。あくまでも邪神、いえ、"まがつ神"という名称はその存在格を占星の範囲内で定義するため、機能的にクラス化した際の役割でしかありません」
夜見は深い昏がりの奥底にある大きな単眼に軽く頭を下げた。
「おっしゃることの意味がよく…」
わからなかった。
「今からお伝えすることの全てをそのまま理解するのは難しいことでしょう。しかし、”臣海の杜”、”禍神”、”人狼”、”ラグーン”などの在り方を理解せぬままでは、貴方は弟を護ることができない」
昏闇を捉えるために開いていたスティーブの瞳孔がその言葉を受けて引き絞られた。
「……」
「あまり驚かれないのですね、スティーブさん」
「あの友人亭での一件以降、自分なりにいろいろと考えを巡らせていました。あの芦屋という女が語った”人狼”と”討伐”という単語。あの時の強行的な姿勢と態度を鑑みるに、彼女はおそらく世界規模の秘密警察組織のようなものに属している捜査官的な立場にある。
そして彼女は何らかの要素から推測してあの時の友人亭に人狼が潜伏していると考え、我々の前に姿を現した。人狼がいるなら出てこい、述べた上で弟を人狼だと名指しする形に違和感こそありましたが、人狼が複数体存在する前提に立つならば、店で彼女が言っていた在野の人狼を1匹残らず監獄に入れるという発言と整合します」
「ほう」
「彼女はセントドラゴニアの事件から、弟が人狼のうちの一体だと考えている。いや、ラグーンという組織そのものが弟を人狼だと決めつけて狙っている。弟が今日まで静養できていたのは、おそらく僕たち兄弟が臣海の杜の庇護下にあるから。そしていずれは、ラグーンは臣海の杜という組織が持つ抑止力も克服してアーカスを奪いくる。
……ここまでが僕が勝手に導き出した結論です。この馬鹿げた推論が的外れであることを祈ってきました」
スティーブは歯を食いしばり、少しだけ顔を俯けた。
「本当に貴方は聡明な方だ。話が早い、というのも変な言い方ですが、概ね貴方の推測通りです。貴方にとって酷なことでしょうが、近日中にラグーンはアーカスさんを奪いにきます」
夜見はスティーブの方に手を掛けた。
「ですが、一つだけ確かなこと。そして貴方にとって一種の正義となり得る事実があります。
アーカス・カッターネオ。君の弟は人狼ではない。彼を護ることに何も譲る必要はありません。彼は間違いなく人間であり、謂れのない罪、冒してもいない在り方そのものを咎められようとしている。
「……。弟が奪われた場合、どうなるんでしょうか」
「Legion for Anomalous Guard and Order – 2 roles Network。
異常存在を守り討つ軍団、秩序を担い二重の役割を持つ国際組織。
それがラグーンと呼ばれる彼らの組織名。彼らは日々、身命を賭してこの世界に出現した超常的生命体や超能力者を討伐しています。その恩恵は、今日の平和な世界を見ればそこに答えがあると言って良いでしょう。実際に彼らは年間を通じて夥しい数の怪異狩りを実現し、対象となった得物の殆どを生け捕りにしたまま、彼らが運営する"監獄塔"にて討伐対象を"囚人"として管理している。
管理方法や刑罰は表の社会における法の支配の外側にあると言われています。非合法な実験から尋問、拷問の一切が咎められないことによる凄惨な監獄体制は知るものぞ知るところです。能力や有益性から監獄塔から解放されるケースも極稀にあると聞きますが、基本的にラグーンに討伐された存在は監獄塔で終身刑を言い渡されたのと同義だと考えていただいて相違ありません。
……少なくとも、彼らに討伐された者がその後に健やかで安全な人生を送ることは有り得ない」
そんな。
思わず零れそうになった言葉が口を出る手前で止まった。
実のところスティーブはそこまでは予想できていた。
「どうして。……どうしてアーカスが人狼だと疑われるんですか。夜見さんがさっき言ってくれたように、弟は怪物でもなんでもない普通の人間じゃないですか」
「……。
ラグーンという組織にはとある蔑称が存在します。人呼んで"悪魔の
現在の人間界で最も権威を持つ悪魔クルメア。ラグーンが捕えた超常存在や過去に存在した怪異などを私有の"
クルメアは時にラグーンに対して自らが欲する神秘の提供を要求することで知られています。詰まるところ、クルメアが自らの図書館に情報登録したい個体をラグーンに調達させることがある、ということです。
もし仮にアーカスさんの奪取に悪魔クルメアが関与しているとなれば、もはやアーカスさんが人狼であるかどうかなどどうでの良い可能性だってあります。人狼の巡りという人狼発生イベントを言い訳にしてラグーンを動かし、アーカスさんを奪うという目的だけを達成している可能性さえ否定できないのです」
「そんな…」
「私としてはラグーンの真意を確かめることはできません。ただ一つわかることは、彼らが作戦として我々に牙を剥いた場合、闘いは熾烈なものとなることは避けられないということです」
スティーブは眉をひそめ、口を半開きにして言葉を探していた。
「渦御神様の話に戻りましょうか」
「え、あ。はい」
「
一口に禍神といっても、その在り方は様々ですし、全体数が判っていてもその座標や能力が判明している柱は僅かです。渦津禍津神様の持つ固有能力についてまで知っているのは、私を含めた臣海の杜の幹部以上に限られます。
渦津禍津神様の持つ能力は様々ありますが、代表的なものは"
夜見は昏闇で瞳をかっぴらいた異形に対し、自らの掌を突き出した。
「臣海の杜はまだまだ発展途上の新興宗教であり、世間的には狂信的なカルト集団だという評価を受けることも少なくはありません。必然的に臣海の杜に集まる方々は世間的に追い詰められた精神的な弱さを持つ者、なりふり構わずに居場所を求めて駆け込み寺を探していた者などの割合が多く、心に傷を負った方も非常に多い。
渦御神様はそんな弱った方々の心を修復してくださいます。より正確に言えば、心の中にある大きなマイナスのエネルギーと、隠れている幸福な記憶などのプラスのエネルギーを攪拌してバランスを調整してくださっているのです。アーカスさんを見ればその効力は明らかですが、渦御神様は信者の抱える深刻なトラウマやPTSD症状でさえ改善する力があります。
……臣海の杜には時に、我々組織の実態を暴こうと記者や動画配信者が身分を偽って入信することもありますが、渦御神様は的確に自らに向けられた信仰心を感知し、それら蒙昧な人間と我々敬虔な信徒の持つ信仰心さえ攪拌し、薄汚れた精神性さえ新たな信仰心の在り方に書き換えることさえ容易なのです。
渦御神様はそうして自らに対する信仰心の総力を徐々に拡大させることで神格としての自己強化を果たしておられます。渦御神様が成長されることは信者にとって豊かな精神性の維持を享受できる他、別地域の禍神が眞丐地方で活性を高めることの強大な抑止力となります」
「混ぜる力……抑止力」
「渦御神様は元々、魂のみの神格であり具体的な肉の形を持ちません。眞丐地方の海に降臨なされた渦御神様は器として深海から
強大な肉体ではありますが、その肉体の殆どは深海の底にあり、物理的に地上まで到達できるのはいくつかの触手とここにあるような疑似的な観測瞳くらいです。そのため、渦御神様は自体は強大でも、攻め込んで来るラグーンを丁寧に撃退するだけの繊細さが欠けておられます。
つまり、臣海の杜は信徒たちの手で守らねばならないのです」
「……。
何故、臣海の杜の方々は僕たち兄弟を自らを危険に晒してまで護ってくれるんですか…?」
「渦御神様がそれを望まれたから。
何より、スティーブさんもアーカスさんも、既に臣海の杜の立派な一員。護るべき仲間であり家族です。命を懸けて家族を護ることの当然さ、貴方ならわかるはずです」
スティーブは涙を流した。
「……はい」
「渦御神様は私を含めた幹部以上のメンバーに自らの力の一部を混融してくださいます。我々は、ただ奪われるだけはない。しっかりと自らの意思をもって敵に立ち向かうことが出来る。
スティーブさん。貴方にも、強大な敵に立ち向かうための力がこれより授けられます。
我々の手で、アーカスさんを護りきりましょう」
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