16 萬玲高校
○眞丐市立
校舎の隅、10年程前の改築により建てられたモダンな新校舎の裏に70年来の渋みを帯びた旧校舎がひっそりと佇んでいる。白い外壁に無機質なガラス窓が並ぶその姿は、新校舎の華々しい棟とは一線を画していた。
昼間でもどこか薄暗く、校庭の喧騒が届かぬその一角。使われていないはずの部屋から、時折何かが動く音がする。明らかに人外語で記されたお札が貼られたが扉の向こうに、生徒たちは決して近づこうとはしない。
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「アレ?カブさんまだ来てないン?
今日は新入部員の挨拶があるって」
「現代文の補習だってよ。何を補習することがあるのかわからんけど」
「カブさんフツーに日本語喋れてるもんね。やっぱオモロイねあのヒト。てか、部長も副部長もいないじゃんね。どーなってんのウチの部活」
「ジュゲムとヨウゼンはバザールの準備で大忙しだ。良明祭はもう来月だしな。俺らもそっちに取り掛からんとならんが、俺様は本業の方も手が放せねぇからなぁ」
「学生は学業が本業でしょーが。
……ってかアレかぁ、フガちゃんの今やってんのって臣海の杜と悪魔の下僕がいよいよぶつかるってヤツでしょ。カブさんはおにぎり屋にもいたらしいしアツイよねぇ
フガちゃんはぶっちゃけどっちが勝つと思う?」
「何を以って勝ちとするかだが、まぁカルト集団がラグーン組織そのものと同じ土俵で勝負できるわけがねぇわな。禍神パワーで攻め込んでくる部隊の一つ二つを跳ね返せたとて、その気になればラグーンは30秒で杜の信者を皆殺しにできらと思うぜ。
でもよ、今回の人狼の巡りは面白いぞ。マジで臣海の杜…ってか夜見の独り勝ちもあり得る」
「へぇ、あの夜見が。なんかおもろそうだね。ウチも絡んでいいやつ?それ」
「放っておいても観芭ラグーンはそのうち俺たちに矛先を向けるさ。ウチの部員に人狼がいる以上、それをなんとかするのが悪魔の下僕の仕事だ。そン時はお前の出番も多いだろうよ。
今回の臣海の杜討伐は現体制の観芭ラグーンの戦力を図るのに丁度いい。”不死腐狼”、”レッドオークの信号鬼”っていう外部からのピースがどれほどのもんかも気になるしな」
「えー。なんかめっちゃ楽しみになってきた。
そっかぁ、いいねぇ!
じゃあウチはそれまでは引き続き今の案件を続ければいいのね」
「そうだな。ラグーンのマークが外れてる今がチャンスだ。
「あいあいりょうかい。頑張っちゃうぞ〜 」
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○おにぎり屋 友人亭
時刻は正午。風情漂う店内に、腹を空かせた客が集う。静かな店内には、出汁の香りと米の甘みが漂い、常連客が湯呑を手にしながら、ゆるやかな会話を交わしている。
「いらっしゃいませ〜
お一人様ですね〜
食券お預かりします〜
おにぎりランチAセットでお間違いないでしょうか〜
あいてるお席ご自由にどうぞ〜」
もはや流れ作業として染みついた定型文を垂れ流すような店員の笑顔に誘われ、鯵ヶ沢梅雨喜は目的地のカウンター席に目星をつけた。
「おにぎり屋で食券制っていうのもなんだか時代を感じるよな」
「今の時代、昼食中の女性1人客にオジサンが絡んでくるのは通報案件ですよ。見た目がイケオジの寄りの方でよかったですね。とはいえ、中間管理職ならハラスメントにもっと敏感になった方が良いと思いますよ」
「そういうな。俺くらいの歳の奴はオジサン扱いされることに敏感なんだ。というか、いうほどオジサンか?」
「オジサンですよ。ていうか、私見ての通りプライベートの食事中なので話しかけないで貰えますでしょうか。食事は一人で楽しみたいタイプでして」
芦屋邇都は大粒の筋子が乗ったおにぎりを頬張る。数度の咀嚼の後に視線を左右に流し、何かに聞き耳を立てながら湯呑の煎茶で口の中の芳醇な風味を喉奥に押し込んだ。
「何がプライベートだ。どう見ても仕事中だろうが。
芦屋よ、俺はお前の監督役なんだ。仕事熱心なことは結構だが、単身で動いてこの前みたいに騒ぎを起こされては俺の責任が問われる」
「お昼を食べてるだけです」
そこで梅雨喜の元に注文した商品が届けられた。
おにぎりランチAセット。ランチタイムで提供されているお得なメニューで、日替わりのオススメおにぎり三種に加え、香の物、特製豚汁、水菓子がついて700円。昨今の物価高を見れば良心的な価格であり、やはりコメどころとしての眞丐の特性を象徴しているようだった。
「来週には本案件が動く。そっちの準備に集中すべき時期だろうに、お前はすっかり別の人狼探しに邁進しているようだな。対狼チームが割けるリソースは限られてる。今は本案件に集中して、そっちが片付いてから別の人狼探しに本腰を入れればいいじゃないか」
邇都は付け合わせて注文していた鮎の塩焼きの一本串に手を伸ばし、塩の塗され香ばしい皮に犬歯を突き立てた。
「ヌルくないですか、そのスタンス。
勿論、本案件は真面目に取り組みますとも。ですが、知恵と悪意を持った人狼はその間に大人しく我々の討伐準備を待ってはくれません。こうして対狼チームがおにぎりを嗜んでいる間、知らず知らずの所で無辜の民のハラワタを嗜んでいるかもしれません。先日宍汪連が斃した人狼の3番を除いても在野の人狼はあと4体も存在します。そられが好き勝手できる状況にある以上、人狼に繋がる手掛かりは集めておくに越したことはないはずです」
「まぁ、それは間違いではないな」
梅雨喜は豚汁を啜った。
「ところでお前、恐怖とか痛みとかって感じる方か?」
「何ですか、藪から棒に。雑談へたくそなタイプですか?」
「お前が提案したV-8の臨戦プラン綱領を確認したが、正直ビビった。不死腐狼のポジションを合理的に利用している戦略だが、アレを自分から提案する以上、お前の中には自己犠牲的な精神性が強いんじゃないかと気になってな」
「必要なことは必要なタイミングでやるべき。という至極当然なスタンスを採っているだけですよ。…それに不死腐狼が抱える恐怖や痛みなんて、戒兵長に話したところで正確には伝わりません」
邇都の持つピリリとした緊張感が空気を伝わった。
「俺は昔、喧嘩でヒトの顔面をぶん殴った時、相手の眼窩底を砕いたのと引き換えに俺の小指も折れちまった。たかだか小指を折った程度でも手術もしたし、痛いし、ギプスで固定されて不便だしで、ああ、俺はなんて割に合わないことをしちまったんだって反省した。
だからこそなのかな。俺は支配系の能力が割にあってて、ラグーンで活躍できた。根は小心者で怖がりで痛がりな分、戦場のど真ん中で常に緊張感と警戒心を持って行動することができた」
「何が言いたいんですか?」
「芦屋のその猪突猛進的な行動力を評価している。死なない、というある種の呪いを背負って戦場に飛び込むお前の心中・心境は俺には理解の及ばない領域なのかもしれない。
だからせめて、俺にも手伝わせてくれ。勿論、俺はお前の監督責任がある以上、様々な無茶は窘めなければならない。だが、お前が独自の理論、推理、エビデンスに基づいて行動することを選択している以上、俺も対狼の一員としてチーム全体の成果に寄与する働きが求められるはずだ」
邇都は話を聞きながら、鮎の塩焼きを骨の一本も残さずに綺麗に平らげてしまった。
「……………………」
「……………………」
邇都は再び湯呑に手を伸ばした。
「人狼は常に【潜み紛れる者】の側面を持ちます」
「ん?」
「変身後の姿、所謂人狼モードでは不死腐狼の持つ
今の私のようにヒトの姿で街中にあっても、その存在定義は紛れもなく人狼なんです。変身前のヒト形態の人狼は共通して【潜み紛れる者】としての潜伏能力を持ちます。人狼は人間社会に溶け込むために関与する人間に対して特殊な認知バイアスと感覚のフィルタリングを強制させ、一種の催眠状態を作ります。この特性を"
私が現にこうして一度暴れた店でのんびりと食事をとっていられるのも、私が恣意的に店員に対して認知バイアスをかけて私に感じる違和感や記憶を一般人化させているからです。
そうでなくても、ヒト形態の人狼を外面で看破するのは不可能です。宍汪連のあの女のように最初から私の正体を知っていた場合は除きますがね。丁度、今戒兵長が食べている日替わりおにぎりのようなものです。具が見えない白米姿のおにぎりだけでは、それが明太子なのか、鮭なのか、はたまたツナマヨであるかは確信を持つことはできないでしょう。人狼の持つ偽現インスタンスは自分を白米おにぎりの外面に誂えることができるわけです」
「偽現インスタンスね。…対狼でも認知されてない能力名だな」
「えぇ。人狼は基本的に自分から自分の正体をばらすようなことはしませんから。
で、その偽現インスタンスはかなりの効力を持つんですが、一つだけ偽現インスタンスが他者から発せられているかを識別する方法があります。
それは私が発動している偽現インスタンスが他の偽現インスタンスと干渉している状態を感じ取ることができるためです。私がA氏に対して催眠をかけているのに、A氏が既に別の偽現インスタンスによる催眠状態にある場合、その重複状態や効力の揺らぎのような違和感を感知することができるわけです」
「……あの日の
邇都は茶を一気に飲み干した。
「ええ。あくまでも人狼本体というよりは、人狼がどこかのタイミングで駆けた被催眠者を識別できるという限界はありますがね。
ぶっちゃけてしまいますと、あの日に感じた私以外の偽現バイアスは3種類。
被催眠者は店内の全員でした。
アレだけの面子が揃ったあの日の友人亭。臣海の杜はアーカスに偽現インスタンスを仕掛けられているとしても、他客全員が催眠状態にある以上、あの場に私以外の人狼が一体もいなかったと考える方が不自然です」
「マジかよ」
「残念ながら今日は他の偽現インスタンスを感知することはできませんでしたが、名残のようなものは感じます。他の人狼を探すにあたり、この店を重点的に洗うことが目的達成の近道になることは間違いありません」
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