12 戦略塔
〇眞丐府
長机を囲んで六人。昏い会議室の空気は、午前の冷たさとえも言えぬ緊張感で張りつめていた。プロジェクターにより投影されたスクリーンには数枚の画像、映像、音声、文字が所狭しと詰め込まれている。
LAGO2N眞丐拠点戦略塔。"対人狼特別討伐部"、通称"
人狼の巡りに際してプロジェクト登録された人狼討伐において、戦略塔が部隊編成のために構築された特別部隊である。
数度の人員の入れ替えこそあったものの、件の友人亭での一悶着以降で対狼の体制が本整備され、いよいよ武力行使を前提とした戦略性部隊としての活動が本格化してきた。
そしてこの場に集う六名のうち、4名が本体制下の対狼メンバーであり、既に対狼の中で存在感を見せている中心人物である。
元は人狼の巡りとは別件で眞丐府に来訪した際、友人亭の一件に巻き込まれ、"宍汪連"氷鉋の提示した条件により人狼討伐に関与することとなった。対狼体制下で看守長から戒兵長の役位に転換し、武力行使に係る制約が一部緩和された。
数カ月前から人狼討伐のために眞丐府で活動している新入り戒兵。独特な正義感を元に人狼の討伐に非常に意欲を見せるが、自身も人狼である。不死腐狼という強力なステータスを持つが故に、自信より格下の相手に対して態度が大きくなる悪癖あり。
数日前の良明湊での韋駄天スカウトに同行したドローン部隊長。癖が強い人間が多い一等戒兵の中では珍しい穏健派の人格者であり、部下や上司からの厚い信頼を受ける。彼の率いるドローン部隊は偵察から奇襲までを熟し、これまで数々の成果を上げている。
眞丐拠点戦略塔において、非
対狼外の会議参加者は2名は以下の通り。
眞丐拠点の実質的なトップ。眞丐地方の各勢力との折衝やコントロールを担い、曲者揃いのこの地域でしっかりと重責を果たして存在感を放っている。かつては前線で戒兵長を担っていた武闘派であるが、監獄の統治の方が性に合っていると近年再認識した。
LAGO2N本部管理塔所属、
―――
―――
―――
「―― と、ここまでが先日の良明湊コンテナターミナルでの一件の顛末になります。当方、ドローン部隊の記録した映像で御覧いただけた通り、韋駄天の動きを正確に捕捉するだけの機動力・追跡性は観芭ラグーンには無いといっても誤りではないでしょう。そんな厄介なスピードスターが"臣海の杜"に取り込まれたという事実。これは軽視すべきものではありません」
小野がプロジェクターの前に立ち、頭が痛そうに面々に言葉を投げかける。
「結局の所、臣海の杜の目的、行動方針に関しては謎に包まれています。とはいえ、既に今会議の議題にある通り、様々な勢力構図を度外視したとしても、人狼容疑の掛けられているアーカス・カッターネオを匿っている臣海の杜の悪巧みを放任するのはラグーンの在り方に反します。
故に提言された今議題【臣海の杜大討伐】及び【アーカス・カッターネオ討伐】の取り扱いについて、提出した資料を基に実行可否を検討する場とさせていただきたいと思います」
「実行可否も何も……。アーカス・カッターネオの方はセントドラゴニアの事件の捜査からほぼ確の人狼判定がライブラリから下されたんでしょう?
と、芦屋邇都。
「いいや、ニトちゃん。そういうわけにもいかないんだ。単純にアーカスがそこらへんを歩いているのと、臣海の杜という組織が匿っているのでは意味合いが全然違う。ついでに言うと、人狼一人を退治するのと、臣海の杜という組織を相手取るのとでは、路傍の雑草と花畑くらいの差がある」
「うーん。小野さんの比喩ってヒトにうまく伝える気があんまりありませんよね」
そこで、鯵ヶ沢梅雨喜が割って入る。
「単純な話、臣海の杜にはそこそこの数の
そして当然、臣海の杜をつつけばそれらが出てくる可能性が高い。出くわしたボイジャーをそれぞれその場で討伐対象かどうか判別する手間を考えれば、採る選択肢は臣海の杜全体の制圧ということになる。加えて、この前の"韋駄天"や"異形"のような連中を積極的に引き込んでいるという状況を鑑みるに、少なくとも奴らはラグーンの討伐に対応できる程度の戦力を確保していると見るのが妥当だ。蜜蜂を連れ去るのと、雀蜂の巣に突っ込むのでは意味合いが全然違う」
「鯵ヶ沢看守長。いや、牢長か。貴方も例え話があんまり上手じゃないですね。
……前提として、ラグーンはアーカスを討伐する。その過程で臣海の杜が障壁となるのであれば、規模の如何に問わずそこまでをスコープにして戦略を練るだけでは?
どの道、アーカスと臣海の杜を乖離できないのであれば、臣海の杜の大討伐は避けられない。うだうだとリスクを勘案するよりは、邪魔するモノを全て叩き潰すことを最低条件に据えれば良いんですよ。というか、この前の夜見の態度見るに、ラグーンは挑発されています。わざわざ衝突の可能性を示唆した連中に温和な態度をとる道理はありませんよ」
そこで静稀が堪らずに反論に出た。
「芦屋一等。眞丐のパワーバランスはそう楽観的なものではない。ラグーンが臣海の杜という黒寄りのグレー組織を放免していたのは、奴らの持つ信仰の在り方に由来する。課題の根底には奴らの信じる”神”の存在があまりにも大きい」
そこに許司書が加える。
「”
臣海の杜を組織を叩くことでこの禍神が活性化し戦闘に突入すれば、事態は人狼討伐の規模を逸脱します」
「ぁあ。神ね。でも、相手がそのウヅツサマであったとしても、やることの規模は変わらない気がします。
仮にアーカスだけにフォーカスして臣下の杜の他一切の構成員をガン無視して討伐に成功したとして、それがウヅツの逆鱗に触れるかどうかなんて本人にしかわかりません。私だったら、自分のテリトリーに部外者が敵意を持って侵入してきた時点で報復対象にします。つまり、必然的にウヅツに対する対応策は刺激しないように立ち回るのではなく、ウヅツと戦う前提を受け入れることだと考えます」
眞丐地方のパワーバランスの在り方に禍神は強烈な存在感を放つ。地球規模で見てもトップクラスの高カテゴリー/高レートを設定され、暫定的な個体戦闘力は並のボイジャーの比ではないと見られている。
加えて、禍神たちは”確定神格”という聖星讀圓・LAGO2Nの両組織が認める”神”の名を冠している。現状、確定神格を未来永劫投獄管理できるだけの監獄塔は存在せず、仮に確定神格を捕まえたとしても、大量の人的資源の投入による監獄塔本部への輸送と厳重な管理が余儀なくされる。
そもそも、観芭ラグーンでの確定神格の討伐実績は前例が存在しなかった。
会議室に重い沈黙が張りかけた時、スクリーンから放たれる光の明滅が昏い室内を忙しなく照し出した。
小野、鯵ヶ沢、源はその状況に警戒体制に入った。残りの半分は、そのスクリーンの明滅が何を意味するのかを察し、まるで眼前に君主を見据えたかのように各々が頭を垂れた。
『本日も我が図書館の発展のためにご尽力賜り、誠に感謝しております。僭越ではございますが、わたくしクルメア・ライアーが”相談役”としてこの会議を拝聴しておりました』
スクリーンに投影された歪なウィンドウの奥でリモート会議然として着座するその存在を目に留め、その声を耳にするや否や先ほどまで警戒態勢であった三名も他のメンバーと同様に頭を下げた。
クルメア・ライアー。実質的なLAGO2Nの本部機能を持つ”悪魔の図書館”の館長にして、ラグーンの管理塔の最高指導者である。
「悪魔もリモート会議する時代ですか。なんともまぁ面妖な」
邇都の軽口を窘めるように、 許司書は鋭い視線を彼女に向けた。
『やぁ、久しぶりだね、ニト。人狼の巡りの収拾に向けた活発な活動については私の耳にも入っているよ。
……無論、対狼の置かれている現在の難しい立ち位置についても理解しています。眞丐の絶妙なパワーバランスの在り方は、決して組織同士の安易な抗争を許してはいけないことも』
「じゃあ。相談役も臣海の杜への攻勢展開に否定的というお考えでしょうか?」
静稀がおずおずと尋ねた。だが、そこで返ってきた返答は彼の想像の対極に位置するものだった。
『いいえ。違います。私がこの場で発言の機会を求めたのは、皆様が持つ臣海の杜に干渉する行為に対するハードルを少しでも低くするためです。
単刀直入に言いますと、臣海の杜を武力で叩いても渦津禍津神は反撃してきません。身命を賭して戦う皆様に対し失礼なことは重々承知の上ですが、残念ながら詳細な理由を現時点でお話しすることはできません。
ですが、少なくとも禍神との直接抗争を想定しなくてよいとなれば、臣海の杜への討伐作戦の難易度はかなり低くなるでしょう。とはいえ、決して油断ならぬ組織。皆様には危険を承知の上で討伐を依頼させていただく点、心苦しくはありますが……』
そこで邇都が割って入った。
「では、話がシンプルになりましたね。組織間の軋轢こそ回避しようがありませんが、臣海の杜を叩く上での武力的ね懸念は低下した。で、あれば、迅速な武力行使にてさっさとアーカスを討伐してしまいましょう」
『うんうん。君の燃えるような正義感、私はとても評価しているよ』
「そりゃあ、どうもです」
『あまり長居しても仕方がないので、私はこれにて失礼しようと思います。
……ぁあ。あともう一つ。いや、二つ、対狼の皆様にお伝えしておくことがあります。
一つ。
二つ目は、対狼がこれまで捜査・追跡していた人狼の2番、"篝火の獣"の登録データに謎のバグが散見され、悪魔の図書館上での保有情報が消失しました。今回の臣海の杜との関係性はおそらく低いと思われますが、臣海の杜の対応以降、他の人狼討伐の際には大きな影響度を持ってくる事象かと思われますので、タイミングを憚らずに申し訳ありませんがお伝えさせていただきました』
その後、会議は静かに幕を閉じた。
だがそれは終わりではなく、これから訪れる苛烈な戦いの序章に過ぎないことは、この場に顔を合わせた6名の誰もが言葉を交わさずに理解している明瞭なる大前提であった。
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