08 人狼八丁荒 その幕開け
「
―――
店に飛び込んだ
いの一番に飛び込んできた人狼の姿。それに相対する"黒杖"を持った宍汪連と思しき人物との間の一目瞭然な臨戦態勢の構図。
梅雨喜は即時的に自身の固有能力を発動。超能力者を狩る側のラグーンの者ら中には、必然的に悪性の力に対抗しうるだけの強力な能力者が存在する。
彼が発したいくつかの単語。それらは発言と同時に周囲の空間に影響を与え、騒然とする店内に瞬時に数本の信号機を出現させた。それは外を出歩けば嫌でも出くわすような馴染みのある車両用機械式の信号機であり、それらが店内の全員を漏れなく赤色の光で照らし上げる。
ライブハウスもかくやという光量に満たされた店内。そこに在る者たちは、赤い光を浴びると同時に自身の肉体の束縛感を感じ取り、体勢の変化が不可能となってしまった。
「えー………と。状況は呑み込めませんが、こんな平和な住宅街で殺し合いを見過ごすわけにもいかないため、手荒ですがこの場で全員を拘束します」
冷や汗を流しながら、梅雨喜は両手を胸の辺りでX字に交差させ、拳を硬く握りしめた。握力に呼応するように赤色の光が強まり、周囲の者らは窮屈そうに顔を顰めた。
「…っていうか、マジかよ。人狼いるじゃないか。……うちの芦屋一等戒兵はどこだ?一度、状況を説明してもらおうか」
「あ、それ私です。ラグーンの鯵ヶ沢看守長ですね。初めまして、芦屋邇都一等戒兵です」
「人狼が喋った」
梅雨喜は頭がクラクラして少し目を瞑った。
良明駅からここまで大急ぎで飛び込んできたはいいものの、事態はかなり悪い方向に流れている。既に店内には争ったような形跡があり、何なら負傷者も出ている。客には不穏な輩も混じり、店の中央では人狼と宍汪連がぶつかり合ってしまっている。
そして、店内で騒ぎを起こしているという新入りを探せば、それは自分のことであると人狼が言う。
「………………………。」
「なんや、眞丐に戻ってとったんかアジぃ」
「……
「別にええやろがい。ンなことええから、さっさと帰らせてや」
「あのぉ。後でお叱りは受けるので、私は拘束解除していただけませんか。ちなみにこの場の全員は帰らせちゃダメです。多分、人狼いるので」
人狼から聞こえる軽薄な人語に対し、梅雨喜は苛立つ。
「芦屋を名乗る人狼。まずは人間に戻れ、それで自分が芦屋邇都であると証明しろ」
「人狼になっちゃうと変身時に服も千切れちゃうので、今戻るとすっぽんぽんで拘束された羞恥プレイになってしまいます。流石に嫁入り前の乙女にそれはキツイのでどうかご容赦を……。初対面の上役をセクハラで訴えるのもなんか嫌ですし」
「何なんだよ……」
梅雨喜は頭痛が起こり始めた額を押さえたくなった。しかし、今ここで安易に固めた拳を開けば、拘束力が弱まって実力者が動きだしてしまう恐れがあるためそれはできなかった。
「鯵ヶ沢梅雨喜。私を覚えているか?」
「……氷鉋さんですね。8年ぶりになりますか。忘れるはずもありません。まさか貴方とこんな形で再開するとは」
「ああ。思いがけないこともあるもんだ。で、どうするつもりだ?私を拘束したまま、お喋りし続ける気か?」
「……。申し訳ありませんが、そこの人狼がラグーンの者である場合、いかに正当な事由があろうと宍汪連の人間に惨殺されることは看過できません」
「別に私殺されはしな―――」
「黙ってろ」
梅雨喜は拳を決して緩めずに店内の全員に言葉を投げた。
「皆様に置かれましては各々の事情、意向、感想があるでしょうが、ここは私の顔に免じてご放免いただきたく思います。私の権限によりこの場の全員を後ほど解放します。怪我をされた方の治療費までは出せませんが、運が悪かったと思ってください。
芦屋一等戒兵。話はあとで聞く。この場はお開きだ」
「ぇえ。ラグーンがそんなんでどうするんですか」
「氷鉋さんは強いぞ。俺が協力しなかった場合、おそらくお前はそう長く持たない」
「ハァ……」
「氷鉋さんもここは退いていただけませんか?……正直、貴方なら本気を出せばこの拘束を突破して私の首を落とすことも可能なはずだ。それをしないと言うことは、ある程度こちらの立場を考慮しつつ、無茶な戦闘まではしないという判断をなされているはずだ」
「そうだな。8年前のお前なら瞬殺出来たが、今のお前の力を解くにはこちらもそれなりの代償を払わねばならんだろう。お前には借りがあるからな、顔を立ててやらんこともない」
「恐悦至極です」
「だが、三つ条件がある」
氷鉋が赤色の光の中、誰もが動作を封じられる強い束縛を受けながらも平然と歩きだした。元々自分が座していたカウンターに戻り、まだ湯気の立っている豚汁の具を箸で摘まんだ。
「一つ、今回の人狼討伐の責任者はお前が担当しろ。ラグーンがこんな馬鹿げた騒ぎを起こすようでは、眞丐を担当している宍汪連の面子が潰れる。
二つ、宍汪連の人狼駆除活動の邪魔をしないこと。我々としては人狼の巡りの収拾には組織の威信をかけている。ちなみにそこの小娘も順番はともあれ、いずれは殺す。それは人狼である以上は仕方がないと割り切ってもらおう。
三つ、来月の8月20日の良明祭までに最低でも2体以上はラグーンの手で人狼を討伐しろ。宍汪連は5体の人狼を駆除するからこれで全7体の人狼の駆逐が完遂され、人狼の巡りは終結する。
この三つを呑めない場合は私はこの場でお前たちを屠り捨てる。そしてこの三つの条件を違えた時は宍汪連はラグーンに制裁を与える」
「ちょーと待ってくださいよ。宍汪連なんかしゃしゃるまでもなく、在野の人狼の6体はラグーンが討伐しますよ。こんな馬鹿げた提案を呑みませんよね、看守長?」
「……………」
梅雨喜は両手を解いだ。
すると、周囲に出現していた何本もの信号機の幻影のようなものが霧散するように消え、煌々と赤く照らされていた店内が以前までの光量へと戻った。
「了承しました。これはラグーンの総意と思ってもらって構いません」
「ハァ?」
不服を表情で全面に押し出した邇都を他所目に梅雨喜は汗ばんだ手をハンカチで吹いた。
飄々とした様子の氷鉋は残っていた欠片ほどのおにぎりを頬張ると店の出口に向けてのっそりと歩き出した。
「看守長、これ困りますよ。……私がわざわざここまで体張ったのに、収穫ゼロで終わらせる気ですか?」
梅雨喜から再び殺気のオーラが噴き上がる。
今度は梅雨喜と邇都が衝突するのかと店内の者らに嫌な緊張が奔る中、これまでガンとして押し黙っていた一人の客が手を挙げた。
「あのぉ」
「なんですか。貴方人狼ですか?」
「いや、それは、違くて。……ええっと。何ていうか。そうですね」
「そうですね?貴方人狼ですか?」
邇都は明らかに苛立ち、その客にずかずかと粗い足取りで近づいていく。
「うーん。…なんていうか、この前なんですけど。夢を見たっていうか」
「夢?」
「白昼夢って言うんですかね。いや、あれは夜だったけども」
「自分が人狼って夢でも見たんですか。なら連行します」
「いやぁ、それが。その白昼夢で人狼っぽいのと遭遇したってカンジなんですけど」
「………………………」
邇都が静止している間に氷鉋は退店してしまった。
彼女は客の目をじっくりと覗き込み、狼の長い鼻で彼の匂いをしきりに嗅いだ。
「その白昼夢で私を襲ってきた人狼っていうのが、なんだか今の貴方に似ているというか。まぁ人狼のフォルムなんてだいたい同じでしょうけども」
「貴方、名前は?」
「名前ですか。
「じゃあ、葛原さん。我々と共にラグーンにお越しください。詳しくお話をお伺いします」
「いや、もうすぐ昼休みが終わるので仕事場に戻ります」
「ウン?」
そう言うと彼はそそくさと店を出て行った。
そのあまりに自然な動きに邇都は思わず手を伸ばしそびれ、重要な情報源を結果的に逃してしまった。
「…ラグーンに戻るぞ。人狼探しは骨が折れそうだ」
数多の思惑が入り乱れる曲者たちが大荒れのおにぎり屋を後にした。
この混沌とした友人亭での邂逅こそが、後に"人狼八丁荒"と呼ばれる壮絶な騒乱の幕開けであったことは、その騒乱を生き延びた者のみが知るところであった。
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