07 人と狼 狩る者らの軋轢
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褐色の肌に困り眉がちょこんと乗り、鋭い釣り目が印象的だ。銀色の髪は光を受けてさらりと流れ、どこか気だるげな雰囲気をまとっている。黒いレザーのロング丈の衣服は一見すると戦闘服の様相を呈しており、体の線をすっきりと見せるが、性別を決めさせない中性的な空気を漂わせていた。
いざ立ち上がるとその存在感には目を見張るものがある。しかし、誰もが氷鉋を視界に止めていながらも、自然と意識の外側に追いやられるかのような不思議な感覚を持っていた。そこにいるだけで雰囲気的な迷彩を帯びているかのような独特なオーラを纏っている。
次に目を引くのは、氷鉋が手にしている黒い杖のようなもの。
それは黒曜石を削り出したような光沢を放ち、闇を吸い込むように深く黒い。剥落した先端は刃の形をとっており、鋭利でありながら脆さを孕んだ透明感を帯び、光の角度で紫や藍の微かな輝きを返す。柄から先端にかけて走る細かなひびは、まるで大地の記憶を刻んだ文様のようで、手に取るがなくともで冷たい重みと不吉な威圧感が伝わってくるほどだった。
「あまりに荒唐無稽な主張だったから何かの間違いかと思って黙って聞いて入れば、眼に余る尊大な振る舞い。観芭のラグーンは
「いいえ。このお店への訪問は私の独断の裁量によるものです」
「では、次の質問だ。眞丐市、もとい眞丐地方全域の妖魔退治は大前提として宍汪連の管轄だ。ラグーンが独占的、あるいは独善的にしゃしゃり出て我々の邪魔をすることは明らかに越権行為と見做される。これを認識しているか?」
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その歴史は古く、古来より本土に出現する悪性の妖怪退治を担い、時には神格レベルの魔獣の打破さえ成し遂げてきた生粋の戦闘集団である。民間からは認知されていない水面下での特務機関であるという点はその存在はLAGO2Nと似ているが、両組織間はとある考え方の元に棲み分けがされている。
それはラグーンが
お互いが明確な職務遂行対象を持つ手前、基本的にこの両組織が接触することはない。歴史的に見ればラグーンと宍汪連が協力して強大な大妖怪を打破したという記録はあるものの、基本的に組織間の仲は悪く、敢えて接触することは忌避される傾向にあった。
ラグーンが悪性の超常・異能の呼び出し行為の掌握と確保した囚人の管理を前提に行動するのに対し、宍汪連の方針はより過激である。妖魔退治という至上命題を元に対象の駆逐と廃絶が芯にある彼らの動きにはそも生け捕りの概念が存在しない。この組織の在り方の違いをお互いが指摘し、時には宍汪連とラグーンの武力衝突が発生する事態を招いたこともあったほどだ。
「……越権行為という認識はないですねぇ。人狼とは常在的に人間社会に紛れる知的存在。ベースとなるのは人間ですし、獣化の契機も自分で制御できる場合が多い。人狼をボイジャーとするかはおいておいても、人狼の巡り関連の個体は紛れもなくボイジャーとして扱い、これはラグーンの討伐対象です」
「いいや。違うな。人間の形態で過ごしているうちはそれは人間だ。人間を拉致しようが監禁しようが、おたくらの正義に則って好きにすればいい。だが、人狼が実際に被害を出す時、我々はその存在を人間とは認めない。人狼が人狼たり得るとき、それは獣であり、それを駆除するのは宍汪連の職責だ」
「ンなこと分かってんですけど。そんな話をするために私、耳落とされる必要ありました?」
「貴様、人狼だろうが。宍汪連の縄張りによく入ってこれたな。ラグーンは何考えてんだか…」
氷鉋は邇都の肩をぽんぽんと叩く。邇都よりも頭一つ高い氷鉋は彼女を見下しながら、お互いの凍てつくような殺意に塗れた視線を交わす。
宍汪連もまた
「今回の人狼の巡りでは1~4番は固定された旧体が再臨するとの見解を聖星讀圓が示している。お前が何番の人狼であるかは知らんが、この段階でラグーンが味方に引き込んで人狼探しに使い走らせていることを踏まえれば、おそらくは4番か?」
「まぁまぁ。そんな鬼の首を獲ったみたいに自慢げに人の個人情報を披露するのはやめていただきたいです。確かに私もまた人狼の巡りの編成に含まれる人狼の一人ですが、私はラグーンの名の元に平和と秩序のため、真剣に他の人狼討伐を志しています」
「―――で。それが私が貴様を見逃す理由になるのか?」
「ええ。私が動くことでラグーンは宍汪連より早急に今回の人狼の巡りの幕引きを図ることできます。逆に私をここで殺せば、ラグーンと宍汪連の関係には決定的に罅が入りますし、貴方もただでは置かれないのでは?」
「それはどうだろうな。新参者の上、独断でおにぎり屋に突撃してラグーンを名乗り、堂々たる口上の末に人狼探しなど公言する問題児のためにラグーンが宍汪連と争う決断に至るとは思えない。…それに、最初に私の縄張りを荒らしたのは貴様だ、芦屋邇都。ラグーンにとっての勉強代としてこの場でその首獲っても構わんが…」
「私、馬鹿みたいに強いですよ。多分、この場の全員を同時に相手取っても死ぬことは無いです」
「試してみるか?」
――
もはや劇場公演をみているかのような両者のやり取りに店内の者らが固唾を飲んで傾注していた。先程から異変を察知していたバックヤードの店員がしきりに警察への通報を試みているが、謎の通信妨害によってそれは叶わない状況にあった。
強い空気の揺れを感じ取って昏倒してたスティーブは眼を覚まし、鈍痛により呻きながらではあるが、立ち上がろうともがいた。しかし、臣海の杜の面々はこれを制止。どこか氷鉋に邇都を殺してほしいと思わせるような期待の視線を送っていた。
「なんや。修羅場も修羅場。映画見とるみたいやわ」
「巻き込まれたくなければ大人しくしてるんだな。他の連中も同じだ」
「いやいや、巻き込まれたくあらへんから関係ないモンは帰らせてや。なんでアンタらの殺し合いを見守らなあかんねん」
「……………。死にたくない者は直ちに退去しろ」
氷鉋は董源会や臣海の杜、その他ほかの客に静かに命じた。
「ちょっと。帰ってもらうのは困るんですけど。特に董源会と臣海の杜。貴方がたには聞きたいことが山ほどある。最低でもスティーブ・カッターネオは置いていってもらいます」
「それは出来ませんね。スティーブさんは我々臣海の杜で保護します。今回の横暴はラグーンに抗議させていただきます。静稀牢長とは臣海の杜も懇意にさせていただいていますから、きっと貴方には処罰が――」
そこで夜見は今までにない殺気を迸らせる邇都に気圧された。
空気が軋む程のプレッシャー。普通に生きていて、これだけの不可視のオーラを体感することなどまずない。
「だぁーかぁーらァー!!!
さっさと人狼出せって言ってんでしょうがこのチンチクリン共ぉ!」
邇都の瞳が燃えるように赤色に発光。
刹那、全身が泡立つように肌を浮き上がらせ、敗れた皮の内川から苔色の体毛が発生。剛毛が服を呑み込んで肌色が消え失せた後、隆々たる筋肉に支えられた獣人の骨格が五体を再構築する。
「やはり見た目上は何番かわからんな」
「グル゛ル゛ルルっルウウウウウウアァアアア゛゛゛゛ッー‼‼‼」
獣の牙。獣の爪。直立する巨大な獣人の持つ圧倒的な存在感。
そのあまりに禍禍しい姿に客の何名かが絶叫した。
その悲鳴を裂くような黒杖の一閃。氷鉋と邇都のそれぞれの武器がぶつかりあった。
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