04 芦屋邇都 正義に燃ゆる
〇看守長:鯵ヶ沢梅雨喜の到着10分前
老舗おにぎり屋"
対
特別措置としてラグーンに加入した過去を持つ彼女としては、その持ち前の進取果敢な性格からこれより先の作戦遂行に不安はなかった。
茶色がかった長い髪は陽光を受けて淡く輝き、束ねた後れ毛が街の風に揺れる。瞳は琥珀色で、どこか挑むような光を帯び、視線の奥に迷いのない芯の強さが覗く。しかし、どこか心の奥底から震え絶つような感覚が己の中の挑戦心と恐怖心を混ぜ醸し、格子戸を開け放つまでの所作に一瞬の躊躇いを発生させた。
それでも、芦屋邇都は友人亭の暖簾を潜った。
「お食事中失礼します。
単刀直入に申し上げますが、この店内に人狼と思しき人間が潜伏している可能性があります。
……ので。
自分が人狼だと名乗り出る方がいれば私と同行してください。もし人狼を匿っている方いればさっさと引き渡してください。平和な街を護るため、どうか快闊なご協力の程よろしくお願いします。」
―――
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ざわめく店内。
それも当然といえば当然だろう。入店早々に卓へ促す店員を押しのけ、店の中央に踊り出た若い女がいきなり訳の分からない言葉を店内に発信。瞬時の注目と、彼女に向けられる様々な感情には道理が通っていた。
木の温もりが残る小さな店内には、四角いテーブルが数卓並び、漆の剥げた面が年月を物語っている。昼時とあって、十五人ほどの客が思い思いに腰掛け、湯気立つ味噌汁と握りたての塩むすびを頬張っていた。
邇都は素早い視線配りで店内の客の様子と数を瞬時に把握。
(カウンターに空席あり、独り客は1,2,3人。4人掛けのテーブルは4つでそれぞれ2人組、2人組、3人組、奥の大テーブルに5人組。客の総数は15。ホールの店員1。キッチン、事務室などは不明)
「なんや。お嬢さん。えらいまぁ、豪快っちゅうか、いかれとるっちゅうか。
……おもろそうな話しとるけど、ここは公共の場やから客として静かにするか。迷惑にならへんうちに店を出るかしたってや」
眞丐地方外の方言。邇都はこの発言をした人物を既にマークしていた。
「やはり貴方は場慣れしているからか、随分と余裕そうですねェ。
7代目
「鬼の首をとったみたく自慢げに人ン個人情報を披露するのはやめたってや。アンタは何モンやねん。名乗るンが筋やろ?」
寂翟と呼ばれる男は薄桃色のカラーグラスの奥から鋭い視線を邇都に送る。値踏みしているのか、それとも威嚇しているのか、とにかく雰囲気からして穏やかではなかった。
董源会と言えば、一世代前では眞丐府の誰もが名前を知っているような土着の暴力団である。数度に渡る警察による摘発と水面下の抗争によって勢力を低下させていった落ち目の反社会組織という印象が強いが、それでも法整備が進んだ現代においてもそれなりの存在感を放っている。
4人掛けテーブルの一つに腰かけた寂翟の卓には他に二名の男がいた。高級感あるスーツで身を包んだインテリ系の中年と、派手なスタジャンを羽織った大柄な醜男で、彼は苛立ちを隠せずに体を揺らしていた。
「申し遅れましたが、私の名前は芦屋邇都。眞丐府に集まる野良人狼を一匹残らず牢獄にぶち込むのが私の仕事であり、私の正義です。
LAGO2Nの名において、私はこの正義を貫徹します。この中に人狼が混じっている場合、皆さんは今危機的状況にある。そしてその危機はこの小さな店に留まらず、眞丐で暮らす無辜の民へ波及する。つまり、馬鹿でもわかるような早急な対応が必要なんです。
さぁ、観念して諦念を。尻尾を見せた愚かな獣を、私が責任もって討伐してやりますとも」
「ラグーンやと。ンなアホな」
寂翟が小声でそう呟く。傍らに在るインテリ系の男が寂翟に小声で何か耳打ちをした。寂翟とインテリ系ヤクザが大柄な醜男に対して再度、小声で言葉を交わし合う。
董源会の卓だけではない。ざわつく店内の複数名グループの者らはしきりに同伴者たちと小声で何やら呟いている。それも当然と言えば当然。昼食時のおにぎり屋に"人狼"がなんだと喚く女が入店してくれば、基本的にはそれを異常者として取り扱うのはおかしなことではない。実際、寂翟以外の者らは邇都に対して目を見ることも避けていた。
「天下のラグーン様が白昼堂々と人狼探し……。仕事熱心なんは結構やけど、あんまり堅気に迷惑かけんなや。いきなり人狼だなんだ言われても、皆さんなんのこっちゃやろ」
「この中の何名か。いや、半数ほどはラグーンの存在も、今回の人狼騒ぎの件も認知しているでしょう。
特に"董源会"の
「はぁ。ほんで、俺らン中から人狼を差し出せと?」
「そうは言ってません。頭大丈夫ですか?いや、そのテーブルに人狼が紛れてるとか、自分の組織に人狼がいるって白状してくれるなら別ですが。……正直、董源会に人狼がいるっぽい感じはしないんですよねぇ。さっきも言いましたけど、貴方がたはどちらかというと人狼を探してる側っぽいというか。
その辺、教えてくれると助かるんですけど……ぶっちゃけどうです?反社は口が堅いから無理ですか?」
邇都は敢えて挑発的な態度を採っている。何故なら、彼女自身この店内のどこの誰が人狼であるかを特定できておらず、この場での人狼探しを遂行するには少しでも人狼が尻尾を出す要因を増やさねばならないため。
彼女は人狼探しと人狼討伐のただ一点のみを目的としてラグーンに入局した特例的人材。基本的な眞丐のルールに関しては既に理解しているのもの、細やかな戦力図や各組織の相性を十全に把握できていない。
そもそもが特殊な組織の乱立状態にある眞丐において、ラグーンは実力行使を前提とした秘匿権威団体。反社会勢力や宗教団体などとの安易な接触は組織間の軋轢を生じさせないために忌避される傾向にあり、仮に接触することがあったとしても、それはラグーンが職務の一環として各団体の"討伐"を遂行する時に限られていた。
だが、今回の人狼に関わる一件はそれらの暗黙の了解を棚上げするに足る状況にあり、問題解決の為にアサインされた邇都としては中途半端な介入よりも多少強引な問題解決を優先する道理があった。
それは人狼の出現が【人狼の巡り】と呼ばれる星の周期に影響された因果の怪異イベントであるという背景を持つためである。
この宇宙には星が時間経過の裡で開始と終了を繰り返す数多くの因果的事象が存在する。これを【星の巡り】という。
代表的な例でいえば、都市伝説界隈ではおなじみの地球への隕石襲来やノアの箱舟伝説で知られる大洪水。各宗教で存在感を放つ預言者の誕生や歴史の転換を促すような革命の勃発。ひいては地球規模の噴火や地震なども、星の巡りの観点でいえば宇宙の因果の中で起こるべくして起こった一つのイベントとしてカテゴライズされる。
ここで重要なポイントは、星の巡りが一定期間ごとにそのイベントを繰り返すところにある。
各イベント事には独自の巡りの周期があり、その事象とタイミングごとに影響力や規模に関してはまちまちであるが、既に人類が経験済みの脅威が数百年おきであれ、復刻して人類に再び牙を剥く事象は決して侮っていいものではない。
星の巡りはオカルトや都市伝説レベルの怪異事象の中に組み込まれることもあり、時にはそれらが大妖怪や怪獣の体を成して人間社会に頭角を現すこともある。今回の人狼の巡りもそんな星の巡りの一種であり、人狼の巡りは約130年の周期で発生し、その度に民間人やラグーンのような対抗組織に甚大な被害を与えてきた悪性イベントとして知られていた。
星の巡りは
聖星讀圓の公開している情報によれば、今回の人狼の巡りは過去最大の規模となり、もし仮に何者もこの事態の収拾に動かなかった場合の人類への影響度は大災害クラスに達するとの星占がなされていた。
人狼は1体ではない。
人狼の巡りに際して世界中で発生する7体の人狼。
何の因果かその全てが眞丐府に集結するとの予見により、ラグーン、もとい芦屋邇都は自らの正義のため、この過酷な戦いの中に身を投じているのであった。
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