1章 狼探しと八丁荒

03 看守長『おにぎり屋』へ

「今、新幹線の中です。もうすぐ駅に着くので、長々と通話しているのは憚られるのですが……」


[何故公共交通など使ってるんだ、煩わしい。火急の任務だ、せっかく眞丐市に現着するお前という大戦力が在るのに、何をモタモタと……]


「そんなことを言われましても……。先日私の愛車ベルエアーがぶっ壊れたのは"牢長"のせいということをお忘れですか?」


[アジ。お前は優秀で利発で先々を見通す慧眼を持っているが、いやみな性格と面倒くさがる悪癖が玉に瑕だ。……いいか、新幹線を降りたらすぐに繋ぎ直せ、お前が出なくては収集が付かないレベルの事案だ]


「ぇえ、では数分ほどお待ちいただければと。……ちなみにどんな事案です?」


[例の"人狼探し"だ]


「……了解」


―――

―――

―――

 

 眞丐市中央区。

 眞丐地方の中でも特に栄えた良明りょうめい駅周辺地域は、十年来の再開発と増築の関係で完成の日の目を見ていない現在は迷路のような工事通路で溢れている。そもそも駅の内部からして月ごとに通路区画から商業エリアが移り変わるものだから、勝手を知る地元民でない観光客らにおいては駅の外側に出るというだけでも一苦労である。

 その上、順次構内に畳みかける電車から放り出された人間らの多さたるや、この数十年で人口が激増した眞丐地方のキャパシティのちぐはぐさを表現しているようだった。通勤ラッシュの時間帯から外れた昼食時とはいえ、改札を出た先には急ぎ足になることも憚れる人ごみで溢れかえっていた。


 特殊機関【LAGO2Nラグーン】所属、"看守長かんしゅちょう"の職位を任する鯵ヶ沢あじがさわ梅雨喜つゆき。働き盛りの35歳。

 本各地で暗躍する一大組織の中でも上から四番目の職位に立つ彼だが、こうも唐突に雑な仕事がふられ、その上人込みを掻き分けながら人々の視線を背に奔走しなければならない己の現場事情に辟易せずにはいられなかった。


[問題を起こしたのは……。いや、問題を現在進行形で起こしているのは第三塔所属の芦屋あしや邇都にと一等戒兵かいへいだ。件の"人狼の巡り"に際して編成された人狼討伐チームの一人で、捜査中に強い人狼反応を感知して今は対称人物、あるいは組織に対して接触中らしい。それも現場が営業中のおにぎり屋ときた]


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。まったく状況が呑み込めません。

 そもそも……。外部からの印象ですが、人狼討伐プロジェクトは大規模作戦でしょう?なぜ、そんな一介の戒兵が遊撃のような真似を……。当然、我々の活動が極秘に伏されている事は前提中の大前提。それなのにおにぎり屋で人狼に接触?」


 梅雨喜は初夏の日差しに顔をしかめながら、人通りの多い狭い居酒屋街を掛ける。秘密組織に属している以上、自分らの会話は一般人においそれと聞かれてよいものではないが、全速力で走っている梅雨喜と通話越しの音声を正確に聞き取れるものはいないだろうという点で彼は秘密厳守を棚に上げた。

 そんなことよりも、今自分が耳にしている問題の概要の方がよほどクレイジーだったからというのが何より大きい。


[正しくは人狼と思しき個人、あるいは組織。あるいは人狼と関わりがあるだろうと推察される個人、あるいは組織に対して、固体の特定と監獄塔への連行を試みる単独討伐に踏み切る、という旨の連絡が来て現在その真っ只中というところだ。詳しい状況については私にもなんとも言えない]


「そんな"あるいはあるいは"のガバガバ推察で何をどうするつもりなのか…ッ。

 だいたい、その芦屋何某の名前も聞いたことがありませんよ。眞丐地方の一等戒兵ならそれなりの存在感があるでしょうに。どうせ最近昇格した二等戒兵かそこらが調子に乗って…」


[――― それもまた厄介な話でな。

 芦屋邇都一等戒兵は"相談役"の直接紹介によってLAGO2Nに最近加入した新入りだ。そもそもが今回の"人狼の巡り"の件で相談役が特効薬としてぶち込んできた局所的人材というのもあって、我々上層部もこの一等戒兵を無下には扱えないし、緊急事態とあらばお前程の人材を即時投入せねばならん。

 アジ。お前としても不服で腹を煮やすこともあるだろうが、ここはひとつ人肌脱いでもらいたい]


 梅雨喜の額に青筋の血管が浮かんだ。


「なんですかそれ。それなら人狼案件の上官を引っ張ってくればよいものを……。私が別件の重要事項のために眞丐府に来てることをお忘れなく」


[もちろんだ。今回の騒動が収まれば、そっちに注力してくれて問題ない]


「騒動が収まれば、ですけれどもね。とにかく、私個人がその特別扱いの新人を認めるかどうかはこの件の着地の仕方によるということをご理解ください」


 10分間ほどは走っただろうか。送られてきた土地情報は中央区の一等地に位置するとあるおにぎり屋。周辺には昔ながらの商店街やらオフィス街、住宅地が絶妙なバランスで配置されており、客入りには困らなそうな立地だった。

 梅雨喜は改めて店に一瞥をやる。

 街の外観に自然と溶け込み佇むおにぎり屋。木の格子戸は年季を帯び、白い暖簾には墨で"おにぎり"と丸い文字が染め抜かれていた。店先には炊きたての湯気がほのかに漂い、炊き込みご飯や海苔の香りが風に乗って流れてくる。軒先の木箱には塩むすびの模型が並び、道行く人の目を引いた。

 

 歴戦の猛者たる梅雨喜が感じ取れる店内の気配。なるほど、確かに不気味なオーラが物言わぬ格子戸から肌に伝わってくる。どんな経緯でおにぎり屋で人狼探しなど勃発するのかは定かではないが、この店内に人狼がいたとて何ら不思議ではないようなプレシャーを感じる。


[現着したな。もし戦闘となった際のジャミングを考慮し、私からの連絡は入店と同時に遮断する。念の為の通達事項としては、今回の件の収拾に要するお前の能力発動は申請なしで許可される。適宜、状況に適応した最善を意識して考動するように]


「了解」


[……。今更、こんなことを言うことになって申し訳ないのだが…]


「……。何ですか、不穏な」


[そのおにぎり屋には"董源会とうげんかい"のヤクザと"臣海しんかいの杜"のカルト共、加えて最悪な事に"宍汪連ししょうれん"の現役まで混じってるそうだ]


「………………………………………マジすか」


 梅雨喜は暖簾で手で払い、格子戸に指を掛けた。



―――

―――

―――


 改めて【LAGO2Nラグーン】という組織について。

 彼らの活動内容を端的に表すのであれば、おそらくその軸は『観測』『掌握』『討伐』そして、『囚徒統御』。

 それらの活動の対象となるのは所謂この世界における神秘の領域。ありふれた日常に潜み、時には人間社会を脅かす存在となる"ボイジャー"と呼ばれるたちに関する情報を管理し、登録し、必要とあらば討伐する。

 無辜の民を滅ぼしうる凶悪な犯罪者。あるいは犯罪者予備軍に対して徹底的な管理体制と危険度測定を実施し、ラグーンの保有する超大な規模の"監獄塔かんごくとう"にて囚人として封印する。

 

 世界全域を活動対象とする巨大組織でるラグーンが収監・封印している囚人の数は眞丐府だけをとっても1400体超。彼らは世界中の治安と均衡を維持するため、長い時に渡って水面下で暗躍してきたのだ。


 とある政府系組織に源流を持つ彼らは、時の政府から暗黙的な戒厳措置を赦されている。つまりは彼らの武力行為は暗黙的な了解のもと、より凶悪度の高い能力者の討伐が許可されているのだ。

 当然、討伐などという物騒な行為が黙認されている都合上、その活動体勢は厳重な秘密主義にて秘されている。少なくとも、一般人にラグーンという名を聞かせても、それが組織名に紐付くことはない。

 

 だが、眞丐府に夥しく犇めきあう特殊な者たちにとっては、ラグーンと自らの存在の関係性は周知の事実だった。

 時には自らの組織の利益の為にラグーンと戦う者もいれば、好戦的な態度でラグーンを脅かすものもいる。


 古くから土地に根を張ったヤクザたち。

 新興宗教として台風の目となりつつあるカルト組織。

 ラグーンと活動範囲が被ってしまっている、とある秘密結社。


 そんな者らが人狼含めて"おにぎり屋"にいる。とんだカオスだと梅雨喜は嘆いた。


―――

―――

―――


「だぁーかぁーらァー!!!

 さっさと人狼出せって言ってんでしょうがこのチンチクリン共ぉ!」


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