05 非業の兄弟 救いの道程
〇おにぎり屋_友人亭
芦屋邇都の来店から10分ほど前。
「正直。最初は半信半疑でした。……藁にも縋るような気持ちで日本にきて……まさか……。グスっ……。ほんとうに弟が快復するとは…。
全部、"
セントドラゴニア出身。19歳学生のスティーブ・カッターネオ。
芦屋邇都の来店から10分ほど前。
「正直。最初は半信半疑でした。……藁にも縋るような気持ちで日本にきて……まさか……。グスっ……。ほんとうに弟が快復するとは…。
全部、"
「いえいえ。貴方ほど高潔な心と深い愛情を持った若者を私は見た事がありません。貴方と弟さんの艱難辛苦を退けたのは他ならぬ貴方自身の慈愛と努力の賜物。我々も、
セントドラゴニア出身。19歳学生のスティーブ・カッターネオ。
十字架を誂えたペンダントを握りしめた両の拳を胸に押し当て、彼は僅かに震えながら背を丸めて頭を下げた。頬を伝う涙はすぐには止まらないが、彼の心中はただ温かな光の中に包まれているようだった。胸の奥から湧き上がるのは、救われたという確かな実感と、全てを委ねられる安堵。震える唇が、そのあとは感謝の言葉を何度も紡ぐ。その声はかすれても、心は澄みきっていた。
友人亭の大テーブルに腰かける五人の客。この店の店主と昔から懇意にしていた
スティーブを囲うように夜見を含めた新興宗教団体"臣海の杜"の4名の構成員たちが柔らかな態度でスティーブを慰めた。彼はまだ涙が伝う頬を膨らませながらおにぎりに齧り付き、友人亭の看板メニューでもある豚汁を啜った。
湯気立つ豚汁の甘い香りが鼻をくすぐり、一口すすれば体の芯まで温まる。辛子明太子おにぎりの塩気が舌に心地よく、思わず目を細めた。
「……グス。…美味しいです。すごく」
「弟さんもすぐに外出できるようになりますよ。その時は是非、兄弟でいらしてください。この街にもいくつかおにぎり屋や定食屋なんかはありますけれど、ここは特に絶品ですから」
「アーカスは……。弟は。セントドラゴニアに居た頃、少しの食事も喉を通りませんでした。小さい頃に好きだった料理なんかも見ただけで吐き下してしまうような状態で、身体はみるみると細々と弱っていった。
でも、最近は佳く食べるし、佳く寝るし、佳く笑うようになりました。また元気に遊んでくれるようになって、この国の美味しい料理もたくさん食べてくれるようになればもうこれ以上の幸せはありません」
「いやぁ。やはりスティーブさん、貴方は素晴らしい仁徳者だ」
―――
セントドラゴニアから遥々来日したカッターネオ家の兄弟。
2カ月前、彼らの両親が自宅で何者かに襲われて死亡する事件が起こった。
買い物に出かけていたスティーブが帰宅した時に目の当たりにした地獄絵図は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
人の原型を留めていない程にひしゃげた肉親の遺体。壁を塗りしたような血飛沫の後。飛び交う蠅の羽音と異様な臭い。床に散らばるはらわたと肉片。点けっぱなしのテレビ。テーブルの上の小さなケーキ。風に靡くカーテン。
血を被って白目を剥いていた弟は一見すれば両親と同様に死んでしまっているように見えた。
長閑な街で起こった惨劇は地元紙から国内ニュースを席巻した。惨殺事件の犯人は現在も地元警察が威信をかけて捜査中。しかし、現場の凄惨さとは裏腹に犯人を特定する要素は少なく、獣に襲われたような外傷を多く散見された点から野生動物による仕業やまだ見ぬUMAによる被害の可能性さえも囁かれるほどであった。
事件以降、唯一事件現場に居合わせた弟のアーカス・カッターネオに注目が集まった。警察からの事情聴取に始まり、取材陣からの熱を上げた追及はまだ年端もいかないアーカスには多くの負担をかけたが、彼の述べる事件の犯人像は一貫していた。
「黒い毛に覆われた怪物がウチに入ってきた」
事件のショックで精神を病み、記憶が曖昧であることを指摘されていたアーカスだが、この主張は曲げなかった。事件の様子を思い出そうとする度に全身が痙攣し、時には泡を吹く程のPTSDを患ったアーカスは常に怪物を恐れて周囲の人間を拒絶するようになった。
兄弟は親戚の家に身を預けたが、不安定なアーカスや執拗なメディアの追求に苦心した親戚からの扱いはよくなかった。ネットの一部ではアーカスが狂気的な精神異常によって両親を殺害したというデマも流れ、それが耳に入ってからというもの親戚はアーカスを化け物でも見るかのような眼で見始めた。
弟の心と尊厳を踏みにじられ、家族を侮辱された怒りからスティーブは親戚から反発。数日間、この世の全てから逃げるように放浪した。
ただでさえ、食事も喉を通らない弟がさらに衰弱していく様子にスティーブは堪えられなかった。悪いのは全て両親を無惨に殺した犯人であるというのに、何故自分たちがこのような目に遭わねばならないのか。
どうにかして、弟だけでも救われる道はないのか。
絶望さえも感じ始めていたその時、不思議な雰囲気を纏った外国人が兄弟の前に現れた。またメディアから執拗な追求を受けるのかと腹を煮やしたスティーブはその外国人に怒号を巻き散らしたが、その外国人は兄弟に対してある提案を持ちかけた。
曰く、弟を救いたければ日本にある臣海の杜を尋ねること。
曰く、その宗教で崇められる神を心から信奉すること。
そうすれば、この兄弟の心の雲が晴れるかもしれない。外国人はそう言うと、日本へ渡るために必要な路銀を残し、姿を消した。
―――
「あれ、結局スティーブ君とアーカス君はセントドラゴニアに戻るんだったかしら?」
臣海の杜、
「いえ。特定活動のビザを取得して、暫くはこの国で過ごそうと考えています。夜見さんとは以前からご相談させていただいていましたが、やはり私は臣海の杜の一員として組織に参加させていただくことを考えています。勿論、弟の今後の身の振り方にもよるところはありますが……」
「あら。素敵。いいじゃない。ウチは営利団体じゃないから長期滞在のビザも問題なさそうね。ちょうど若い子が最近減ってたから嬉しいわぁ」
「スティーブさんは人柄も素晴らしいですが、何より自頭の良さが群を抜いています。1カ月そこらでここまで日本語を流暢に話せることにも驚きですし、読み書きだって不自由をしていない。計算も早いし、この国の文化にも寛容で適応力に秀でている。
正直、臣海の杜が今後この眞丐で発展していくうえで、スティーブさんは無くてはならない人材であると確信しています。私はかねてより、スティーブさんには幹部候補として臣海の杜に加わってくれないかと勧誘させていただいておりました」
夜見はそう言うと、にこやかに豚汁を啜った。
スティーブは感無量と言わんばかりに同じく豚汁を啜る。
「僕としても、弟しても……セントドラゴニアに戻るのは気が引けることでして。……頼るべき身寄りもなく、朝昼問わずマスコミやメディアに付け回される日々はうんざりです。何より、弟が好奇の目に晒されて、怪物呼ばわりされるのは堪えられない。
この国は平和で食べ物もおいしい。その上、衣食住が確保されて人々の心の豊かさに寄与できる臣海の杜に加われるなんて、僕にとってはこれ以上ない素敵な話です」
「我々とスティーブさんの御兄弟が巡り合えたのも何かの縁に他なりません。是非、我々と共にこの眞丐の人々の心を豊かにしていきましょう」
「お食事中失礼します。
単刀直入に申し上げますが、この店内に人狼と思しき人間が潜伏している可能性があります―――――」
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