第39話 刃と刃(前編)

 少年格闘家と少女剣士が刃を交えていた。

 文字通り刃を。

 少年の方は、シドウマモルだ。中学生の空手王者。

 対するボブカットの少女は大きな刀を手にしていた。刀身が大きく反っていることからすると、太刀と言った方が正確か。

 どちらにしても並外れて大きい獲物であることには違いない。とうてい中学三年生女子が振り回せるものではない。

 にも関わらず、少女はやすやすと大太刀を振り回している。

 つまりは、それがあの大太刀の特殊効果なのだろう。詳細は不明だが、出した当人は重さを感じない。重さの影響を受けないと言ったところだろう。

 能力は物体を軽くすることで、大太刀は敵対者から奪ったものか、仲間がいなくなった後に残されたものという可能性も頭をよぎった。

 しかし、戦いを見る限りは、大太刀が見た目よりはるかに軽い、もしくは軽くなっているということはなさそうだ。

 軽いのならば、シドウと刃を交えた時に軽く弾かれているはずだ。

 大太刀を手にしたボブカット少女と丸腰のシドウは比喩ではなく刃を交えている。

 シドウが蹴りを放つとき、その爪先が銀色に鈍く輝く分厚い刃へと変化しているようだ。

 爪先を刃に変える能力。普通に考えれば 扱いにくすぎる能力だ。もしミリが与えられていたら、何の役にも立てられなかっただろう。

 本人と能力の強弱は、おおむね反比例するのではないかという仮説をミリを立てていた。シドウと大太刀の少女がほぼ互角というのはその仮説を補強する。

 仮説が当たっているとすると、爆弾の能力の持ち主が相当にへっぽこだったことになりかねないが、奪われるリスクと使用制限でバランスが調整されているのだとミリは考えている。

 それはさておき。

 ボブカット少女も能力ありとはいえ、なかなかの使い手のようだ。シドウ相手にほぼ互角に切り結んでいる。剣道でもやっていたのか。

 いや、この場合は大太刀を相手にできるシドウの方がすごいのか。

 弱い能力で特殊効果を備えているであろう大太刀相手に斬り合えているどころか、やや優勢に見えるシドウ本人の戦闘力は異常だ。明らかにこの戦いの参加者の中で群を抜いている。

 これが異能力などというもの抜きの素手同士での戦いならば、誰もシドウに敵わなかったのではないか。この戦いが、能力が与えられて、チームを組むこともできるという形式になっているのは、シドウの存在ゆえとも思えてくる。

「2人が戦っているところに乱入しようぜ」

 早々にシンキロウが言い出した。 

 放っておけば勝つのはシドウであり、勝ち残ったシドウに戦いを仕掛けるよりも、争いあっているところに割り込んだ方が奇襲が成功する確率が高いという理屈である。

「奇襲に失敗しても、刀女と一時共闘して、シドウを先に潰す手もあるさ」

 楽観的なことを言う。

 セラの存在がある以上、大太刀のボブカット少女を正式に仲間に加えることはできないわけだが。一時的な共闘ならば、シンキロウ的にはありらしい。

 もし共闘してシドウを倒したならば、大太刀の少女とはこの場では戦闘をしないくらいの感じでいくつもりのようだ。また会ったら、その時はその時みたいな感じで。

「シドウさんと女の子が共闘してくる可能性もありますよ。共闘でなくても、シンキロウさんが優先的に狙われるかもしれない」

「少なくとも劣勢の刀女が、こっちを優先的に攻撃しようとはしないだろう。一対一の勝負を邪魔されたのに怒りを感じるとかでもない限りは。シドウの方ならあるかもな。

 別に共闘じゃなくても、三つ巴になれば、シドウを倒せるチャンスがあるかもしれないだろ」

 シンキロウは口元を歪める。

「三つ巴ってのも楽しそうだ」

 理解に苦しむ。ゲーム感覚。付き合わされるユメはいい迷惑ではないか。

 確かに強敵のシドウを倒す千載一遇のチャンスではあるかもしれない。

 ミリはシンキロウを止めないことにした。

「オチアイ、やれるか?」

 無論、オチアイユメの瞬間移動を使っての奇襲、シンキロウは彼女の意思の確認を怠らない。妙なところでマメだ。

 ユメは数瞬遅れて、「あ、ワタシか」と反応を返した。

 お兄ちゃんのことばかり考えてぼんやりしていたのだろうか。

「うん。やるよ。お兄ちゃんに会うためだから」

 場合によっては自分が狙われるかもしれないユメにとってはたまったものではないはずなのだが、これまで同様、彼女は危険を冒すことを承知した。やはり兄に会うために。

 ブラコンというのか。中三になってもお兄ちゃんにベタベタなのか。こういう状況だから仕方がないのか。いずれにしよ、さぞかし優しくてかっこよくて頼りがいのあるステキなお兄ちゃんなのだろう。

 とうてい殺し合いの真似事なんてできそうもない儚げな雰囲気の少女が、直接戦闘は拒否したとはいえ、自ら危険に飛び込んででも会いたい「お兄ちゃん」がどんな人物なのか全く気にならないといえば嘘になる。だが、今はそんなことを気にしてる状況ではない。

 瞬間移動は常に同じ距離しか移動できない。そのため目測で距離を調整する。三度目ともなるとユメも慣れてきたようだった。

 ユメはシンキロウの背中に手を当てる。

「行くよ」

「おう」

 この短いやりとりも三度目となる。

 2人がパッと消える。次の瞬間、シドウのすぐそばに現れた。

 近すぎず、遠すぎず、シンキロウが殴りかかるのに最適な距離と言えよう。

 役割を果たしたユメはいつものように「お兄ちゃーーーん!!!」と叫びながらミリとコウの元へと走り出した。

 シンキロウはシドウに殴りかかった。

 シドウはそれを軽く回避した。

 突然現れた異形に対する動揺なんてないようだ。巨大腕少年とは違う。

 シンキロウは一度、シドウと距離を取る。

 シンキロウはボブカット少女に視線をやっている。目配せをしているのだろう。「シドウを一緒にやってしまおう」と言葉には出さず伝えようとしている。

 ボブカット少女は頷いた。

 ここは手を組むのが得策と判断してくれたのだろう。

 ユメが息を切らしてミリたちの元に戻ってきた。

 ユメを労わる役はコウに任せて、ミリは戦いの行方を見守る。

 シンキロウはシドウへと向かって飛び出した。

 少女の手から大太刀が消えた。

 ボブカット少女はシドウに背を向けて走り出した。

 シンキロウはその行動に驚きはしただろうが、止まるわけにもいかなかったのか、そのままシドウに突っ込んで行った。

 ボブカット少女は振り返ることなく駆けていく。

 ボブカット少女はシンキロウの共闘の提案を飲んだふりをして、自分が逃げるための囮にしたのだ。

 シンキロウが現れる前から、逃げるチャンスを伺っていたのかもしれない。

 シンキロウがシドウの気を引いてくれるなら逃げ出す絶好のチャンス。

 向こうからしたら、シドウを倒した後、襲って来ないととも限らないのだ。

 そういうように考えていけば、ボブカット少女の行動も当然のことと得心できる。

 共闘を期待したシンキロウが浅はかだったとも、彼を行かせてしまったミリの考えが足りなかったとも言える。

 彼女の行動を責める気にはなれない。この戦いにおいてはそれも一つの選択であり、戦術だ。

 シンキロウはボブカット少女のことは捨て置くことにしたのだろう。

 シドウに殴りかかって、それをまたあっさりと躱された後も、逃げていく少女を顧みることはなかった。

 シンキロウとシドウの一対一の戦いが成り行きで始まった。

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