第38話 来訪者

 スズシロココは、爆弾をコウが跳ね返してくれた後、程なくしてミリたちの前に現れた。

 爆音を聞きつけて、敵対者たちが様子を見にくるかもしれないと、移動を始めようとはしていた。

 しかし、それでも遅かった。

 厳密に言うと向こうが速かった。

 ミリはオートバイのような速度でやってきたポニーテール少女に面食らったが、努めて平静を装った。

 彼女は問答無用でこちらに襲いかかってくつもりはない様子だった。

 1人であるし、4人相手にはそれも当然であったが。一方で1人なのに仲間を求めているという風でもなかった。

 彼女のスピードを考えれば、それも不思議ではなかった。

 高速で走れる能力は移動はもとより逃走にも力を発揮する。

 単独行動が不自然ではない理由はそこにある。仲間がいたら逃げ回るにはむしろ足手まといになるのだから。

 地響きさえ立てて走ってきたことを考えれば、高速で走れるだけの能力ではない。脚力それ自体が人間離れして強化されているのだろう。

 高速移動ではなく脚力強化の能力。相当に強力だ。

 腕を巨大化する能力も強力なものと考えられたが、それ以上と言っていいだろう。 

 オートバイ並みの速度を可能にする脚力で人を蹴ったら。頭部にクリーンヒットさせれば、一撃ノックアウトどころか、頭蓋骨を軽々と砕くことさえ可能なのではないか。

 移動、接近、追跡、攻撃、回避、逃走、オールマイティに活用できる能力だ。

 残り5人に入った者勝ちのこの戦いにおいては、単純に戦闘に特化した能力よりも有用性が高い。

 戦闘になればシンキロウ1人でどうにかできるかわからない。切り札を使えばあるいはと言ったところだろうか。

 シンキロウの六本腕を見て、動揺を顔に出さないあたり、相当の度胸の持ち主のようだった。

 彼女は、爆発の能力を持つ者がどんな人物だったかを確かめたかったそうだ。強大な爆発を起こす能力の拝受者が、平然とそれを他者に行使できるような人間性なのかどうか。非情な人間なのかどうか。

 ミリたちが、この戦い1人目の退場者を出したグループだと疑っている節もあった。

 コウが自分の能力が攻撃を跳ね返せるものだと正直に話しそうになってしまったり、スズシロココとシンキロウがお互いに「いい名前だ」と褒め合う一幕があったが、彼女は結局、会話だけして、やって来た時と同じように疾風の如くというには喧しい音を立てて走り去っていった。

 

 コウやユメは、スズシロココがどういう意図を持って自分たちに接触してきたのか今ひとつ分かっていなかった。

 その辺りは、ミリとシンキロウで説明した。

 あの人は、生き返った方がいい人と、そうでない人を選別するつもりでいるのだ、と。

 そのために走り回って、この地にいるほかの生還希望者たちに接触し、会話し、その人間性を確認しようとしているのだ、と。

 コウは「それは傲慢じゃないか?」と驚いていた。

 ユメは理解に苦しむと言った様子だった。

 どちらの反応も当然だ。

 ランダムなのか、主催が意図を持って配置したのかは不明でも、自分と同じ場所にいた人たちとチームを組む。それが自分自身の生き返りを優先するならば、最良の選択である。

 しかし、それは暫定的とはいえチームを組んだ人たちを生き返らせる、それ以外を生き返らせないと決めたも同じ。

 スタート地点が同じだというだけで、生還させる者とさせない者を決めてしまっていいのか。

 そう考えたところで、普通はどうしようもない。

 25人のうち5人、誰を生き返らせるか生き返らせないがなんて決めようがない。選びようがない。

 ならば、いっそスタート地点が同じだった者同士で組んでしまえば迷わずに済む。

 ミリはそう考えていたし、コウもきっとそう考えていた。ユメはそこまで頭が回っていなかったかもしれない。シンキロウはよくわからない。

 だけど、選ぼうとする人もいたのだ。

 そのために危険を冒して、単独行動を取るというのは、それに向いた能力だったにしても並々ならぬ決意であると言えよう。コウの言うように傲慢とも取れることをしようとしているが、彼女自身は、それを本気でやろうとしている。

 それに関しては、どうやらシンキロウも同意見のようだ。

 どういう基準で、どういう者たちを生き返りにふさわしい人とそうでないと人を判断するのか、それは知らない。

 ミリたちに関しては、どうやら保留といったところらしい。

 確かにスズシロココには、独善的なものを感じなくもない。

 正義感というのも違うだろうか。道徳心、倫理観ゆえの選択と行動。

 自分の生還を第一に考えるならば取るべき選択を捨てたのは恐れ入る。

 それとも自ら生還の可能性を下げることになるやもしれなくても、彼女の中では生き返る人を選ばないとといけない理屈が立っているのか。

 

 シンキロウは疑問を述べていた。

「もし、自分以外に5人以上生き返るのにふさわしいものがいたら、アイツはどうするんだろうな?」

 

 コウは別の疑問を述べていた。

「生き返らせる人とそうでない人を選ばないやつもいるんだろうか?」

 コウの言う選ばないやつというのに、セラは当てはまらないだろう。彼女は殺し合いの真似事に参加しないことを選んだだけだ。

 生き返らせる人を選ばないというのは、きっと1人で戦い抜くことだ。誰とも協力し合わずに。

 誰かと協力し合うのは、その相手を生き返らせる対象として選ぶことだ。

 だから、選ばないのなら1人で戦うしかない。自分以外の全てを敵に回すしかない。

 そんな選ばないという選択を選ぶ人がいるのだろうか?

 

 スズシロココのことを思い返して、ミリはふと気になった。

 彼女は、ツバサとコトリ2人のことを、生き返るべき人間だと判定するのだろうか。

 あの健脚どころでない脚なら、彼女が本気で逃げ回れば、そう簡単に脱落の憂き目に遭うことはないだろう。

 けれども、彼女が本当にこの地に留まっているかは現時点では判断できない。

 セラも、ツバサも、コトリも。

 

 ミリたちは、ツバサとコトリという男女2人に逃げられた後、次なる標的を探してずっと歩き回っていた。

 しかしながら見つからない。

 シンキロウに言わせれば、気にするようなことじゃない、まだ制限時間には余裕があることだし焦ることはない、気長に歩き回っていれば、そのうち誰かしら見つかるだろうとのこと。

 戦いを仕掛ける相手を見つけられないでいる間にも残り人数は減っているのだから、見つからなくても構わないと言えば構わなかった。ミリやユメーーとくにユメとしてはやたらに危険を冒さなくて済むのだから。

 残り人数がさらに減っていけば、そうも言ってられない事態になるだろうが。

 

 13になってから空に浮かぶカウントの減少はしばらく止まっていた。

 歩いている間は、もっぱらシンキロウとミリが会話していた。

 もちろん、お互いの日常やらなんやらについてトークしているわけではない。

 あくまでも、必要に駆られての急造チームであるがゆえに、お互いのプライベートに関わるようなことなど、ほぼ話さない。話す必要もない。 

 話すべきことはほかにある。

 ほかの人たちの動きや能力に関すること。作戦とかそういうこと。この戦いに関することで意見を交わしているのだ。 

 時々、コウが意見、疑問を提示する形で会話に参加する。

 ユメはうつむきがちで、言葉を発するのはごく稀だ。周囲の警戒を怠らなければそれでいい。

 しばらく会話して切りがいい感じになったら、しばらく沈黙が続く。

 何かをきっかけにというよりは、沈黙に耐えきれなくなったかのように、誰かが話し出す。

 話すというかポツリと呟くような感じだ。

 その呟きに誰かが反応を返す。

 大体そんなことの繰り返しだ。

 何か言い出すのは、大体ミリかシンキロウだ。

 コウとユメもたまにふと思いついた疑問を漏らす形で呟く。

 程度の差はあれ、みんな黙り続けているのも、話し続けているのも辛いという感じでいる。

 それはこの戦いを楽しんでいるらしいシンキロウも例外じゃない気がする。

 ずっと黙っているのは、緊張状態が々と続くようなものだ。

 だから、時々言葉を発さずにないられなくなる。

 聴覚に優れた能力の持ち主がいる可能性もあるとはいえ、雑談ではなく、この戦いに関することならば話す必然性もある。

 だからといって、あまりおしゃべりばかりしていたら、注意がそちらににいって敵の接近に気づくのが遅れるかもしれない。

 だから延々と喋り続けてもいられない。

 自分たちは戦場にいるというのをふと思い出したように会話を切り上げ、黙り込んでしまう。

 黙り込んでしまう瞬間には、独特の重苦しさがあるが、そもそもの状況が重苦しいのだ。どうしようもない。

 そんな風に索敵を続けているうちに。

「見つけた」

 シンキロウが言った。

 シンキロウの示す先ではーー

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