第35話 消え去った者

「そういや、アイツらはどうしているのかね?」

 先行する腕が六本あって目つきの悪い少年が言った。

 出し抜けに話を切り出したようだが、残り人数のカウントが16から15、14と立て続けに減り、その数分後、つまりはたった今、13になったことがきっかけだろう。

「アイツらというのは、ツバサという男の子とコトリという女の子の2人組のことですか?

 それとも、セラさんや、スズシロココさんを加えた、今までに出会ってその後が知れない人たち全員のことですか?」

 ミリは問い返す。というよりはアイツらの含む範囲を確認する。

「ああ、そういやセラってヤツもどうしているんだろうなぁ。まだ宣言通りにしているか。やられちまったか」

 軽く言ってくれる。

 この少年の判断のせいで、ミリたちは現状4人チームで居続けるしかなくなっているとも言えるのだ。

 ハセガワミリは思い返す。そうなった経緯を。


「貴方たち、本気なの?」

 空からの声ーーでは長いのでミリはこの戦いの主催者だと考えて、主催と呼ぶことにしていたーー主催が沈黙した後に始まった話し合いで、発言が多いのはミリと目つきの悪い少年だった。ミリはチームを組むべきだという話を進めていた。

 しかしそれまでほとんど発言のなかった、薄く化粧をして大人びた雰囲気の少女が口を挟んできた。

「チームを組むとか言って、本当に戦う気でいるの? 戦いって要するに殺し合いでしょう」

 不快感を露わにして言った。

 彼女は主催の話を聞いている最中、すでに不快そうな表情を浮かべていた。

「殺し合うも何も、もう死んでいるけどな」

「やることは変わらないでしょう。殺し合いそのものではなくても、殺し合いの真似事をするつもりはないわ」

「せっかくの生き返りのチャンスを捨てるのか? オマエ」

「セラよ。セラ」

「そうか。で、生き返りのチャンスを捨てるのか? セラ」

「みすみす捨てるつもりはないわ。けれど戦う気もない」

「ふうん、じゃあ、どうするんだ?」

「隠れていることにする」

「隠れていたって、生き返れるとは限らないぜ。見つかるかもしれないし、時間切れの可能性もある」

「構わない。殺し合いの真似事をするくらいなら、生き返れなくたっていい。

 だからと言って、与えられた生き返りのチャンスを捨てるつもりもない。自分から生き返りのチャンスを放棄するのは、ある意味自殺みたいなものだから」

 ミリは、隠れて勝ち残りを狙う者がいることのリスク、それを宣言した者を行かせてしまうべきではないことに気づいていた。

 だから慌てた。

 その場でセラを攻撃して、後顧の憂いを断つことは、ミリには性格的にも能力的にも難しかった。というよりはできなかった。

 セラ。戦いをーー殺し合いの真似事をすることを嫌悪し、拒絶している彼女は、たとえ時間切れで生き返れなくなっても信念を貫いた結果だからよし、と考えているようだが。

 ほかの人たちが生き返りの権利を掴もうとするのにあたって、一番邪魔で傍迷惑な考え方である。彼女自身が生き返えれずども構わないと言うのは構わないが、誰も生き返られずじまいになりかねなくなるのは構う。

 どうにか説得しなくてはと、頭を絞ろうとしていたのだが。

 さっさと目つきの悪い少年が行っていいと言ってしまった。

 そして、セラは消えてしまった。

 文字通り消えたのである。少女の体が薄れたと思ったら消えたのだ。

 セラの姿はないのに、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 透明になる能力。

 目つき悪い少年が行っていいと言っておいて、背中を見せたら攻撃してくる可能性や、ミリ含む残りの3人が襲ってくる可能性を考慮して使ったのだろう。

 セラは足音を立てないように気をつけて歩いていたのだろうが、何かにぶつかる音と、「きゃっ」という短い声が聞こえた。透明になったセラが瓦礫につまずいたと思われる。

「せっかく透明になれても、あれじゃすぐ見つかっちまうかもな」

 セラのどじに対して、目つきの悪い少年はそう感想を漏らした。

「貴方はなんてことを!」

 ミリは、目つきの悪い少年に食ってかかった。

「自分のしたことの意味がわかっているんですか!?」

 ミリは、目つきの悪い少年にセラを行かせてしまうのが、どんなにまずいことなのかを解いて聞かせた。半ば喚くような口調で。

 25人が5人ずつに分けられているとすれば、ほかのグループがその場にいる全員でチームを組んだら不利になるのは当然として。

 透明化という隠れ潜むのに長けた能力の持ち主であるセラが誰にも見つからない可能性があること。

 隠れていて見つけられない者の存在は、時間切れの危険性を高めること。

 時間切れにならなくても、彼女が5人まで残ってしまう可能性を無視できないこと。

 それゆえに彼女の存在を知るミリたちは、生き返りの枠がすでに一つ埋まっている前提でいなくてはいけないこと。

 ミリたちが4人でチームを組んだとして、セラのリタイアを後々確認できない限り、5人目を仲間に引き入れられないこと。

 できないことはないが、それはチーム内に常に争いの火種を抱えるようなものだということ。

 セラが透明化の能力だったことは別として、少年は途中までミリの言うようなことなど想定済みという様子で、どこ吹く風で聞いていた。

 しかし、5人目を加えるのが無理に近くなったことを説明すると、「そこまで考えてなかったな」と、間の抜けた反応を返した。

 セラの存在を黙って、騙すように5人目を勧誘する真似はしたくないという点では、ミリと目つきの悪い少年の意見は一致していた。

 結局、そんなに行かせるのがまずいと思っていたなら自分でどうにかすべきだったと言われて、ミリは言い返せなくなった。

 その時、残り人数のカウントが24になった。この灰色の世界そのものから消え去った人物が1人出た。

 戦うくらいなら生き返らなくてもいいと、自らの手でけりをつけたのではない限り、1人目を排除した人物がいる。

 おそらくセラのように戦いを拒絶した者、チームを組むのを拒否した者をその場で処理したのだろう。

 だとしたら、その人物は冷徹だ。

 戦意のない者、チームに加わらない者を放置しておくことにリスクはあってもメリットはないと合理的に判断し、攻撃を即決した。

 本質的に人を傷つけることに躊躇しない人間性ですらあるかもしれない。それでいて速やかに相手を戦闘不能にできるような高い攻撃性能を持つ能力を与えられている。そんな人物がいるのなら、この戦いにおいては恐るべき強敵となりうる。

 1人目を退場させた者の人物像についてのミリの考察を聞くと、背の高い少年が自分の考えを述べた。

 セラが攻撃されるかもしれないリスクを承知の上で、自分の意思を告げたのは、彼女なりに筋を通すためだったんだろう、と。

 セラは自分から視線が外れたタイミングで二つの意味で消えることもできたのだ。話し合っている最中に、その機会は幾度もあったはず。

 それなのにそうしなかったのは彼女なりの誠意。自分が隠れることでほかの者たちに与える影響を理解しており、黙って立ち去ることを良しとしなかった。

 ある意味、セラはミリたちにチャンスをくれていたという意見だった。立ち去る前に自分を攻撃するチャンスを。

 結局、セラの存在は一旦脇に置いておくしかなかったし、目つきの悪い少年を責めても仕方がなかった。

 隠れるのに向いた能力があるならば、探すのに向いた能力がある可能性は低くない。そういう能力の持ち主なら仲間にできる。セラに限らず潜んでいる者を探せる。

 索敵向けの能力の持ち主と行動しているチームがセラをなんとかしてくれることも期待できる。

 もっとも、ほかの人たちの手でセラが消されたとしても、その事実をミリたちが知り得ない限りは5人目を加えられないことに変わりない。

 終盤になって残り人数が減り、残っている者の存在全員を把握することができれば、彼女がすでにこの世界にいないと判明するだろうが。その時にはすでに仲間にできる者も残っていないかもしれない。

 

 ミリたちは残った4人での話し合いを進めた。

 それぞれの意思を確かめ合う。

 もちろんミリは強く生き返りを望んでいた。

 生きてやりたいこと、やらなくてはいけないことがあった。

 見返したい相手がいた。

 

 セミロングの美少女オチアイユメはショックが大きすぎて、半ば放心状態のようにも見えたが、生き返りの意思ははっきりと口にした。

 お兄ちゃんに会いたいから。

 お兄ちゃん。

 オチアイユメが口にするのは、お兄ちゃんのことばかり。

 お兄ちゃんに会いたいから戦いに協力する。お兄ちゃんに会うために頑張る。

 お兄ちゃんのことしか頭にないような彼女に正直腹が立つ。ほかに大切な人のことなんてまるで頭にないようで。

 

 背が高い少年ハザマコウも、「オレは生き返りたい」とはっきりと自分の意思を告げた。

 生き返りたい理由は特に言わなかったが、わざわざ言う必要もないことだ。

 

 目つきの悪い少年シンキロウは、生き返らせてもらえるなら生き返っておくさ、というように軽い調子で言った。

 

 シンキロウは苗字を名乗らなかった。

「別に呼び名さえわかれば必要ないだろ」というのが彼の言い分だった。

 確かにそうかもしれないが、みんな姓名を名乗ったのに。

 名前だけがありならば、ミリは苗字だけ名乗りたかった。

 身長が低いことと、小さい単位を示すミリとを掛けてからかわれることがあったのだ。ミリじゃなくてミサトで良かったのにと、よく思ったものだ。

 それにしても、ミリが言えたことではないかもしれないが、シンキロウとは一風変わったネーミングに思える。

 ユメが尋ねていた。

「シンキロウって蜃気楼? ミラージュなの? ワタシはドリームだけど」

 シンキロウって漢字でなんて書くの? という意図の質問だったのだろうが、「違う」とだけシンキロウは答えていた。

ユメもふと気になって尋ねただけで、さほど興味があったわけでもないといった様子で、それ以上追求しなかった。

 

 かくして、セラを除いた4人は戦うこと、チームを組むことを受け入れて、能力を教え合い、行動を開始したと言いたいところだったが、話はそう簡単には行かなかった。

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