第34話 歓喜

 駆け出したスズシロは、正面から真っ直ぐカムイに向かう愚は犯さなかった。

 先ほどのような不意打ちではなく、真正面から突っ込んでくるなら、カムイは返り討ちにできるだろう。

 スズシロもそれくらい理解しているということ。カムイを中心に円を描くように走り回っていた。

 スズシロは急に向きを変えて、カムイに近づこうとする。

 カムイは【トゲトゲ】の射程圏内にスズシロが入った瞬間、地面からトゲを生やす。

 スズシロはトゲの射程圏内に入っても、すぐ外側に飛び退く。

 トゲはスズシロのいる場所ではなくて、彼女が一瞬前にいた場所に向かって伸びる。

 スズシロはまたカムイの周囲を高速で回り出す。

 そしてまた近づこうとして、カムイのトゲを避けるために距離を取る。

 幾度もそれを繰り返す。

 カムイは戦闘開始地点から移動していない。突っ立ているわけではなく、体の向きを変え、首を回して、スズシロを見失わないようにしていた。

 カムイは自分に向かってくるスズシロに向けてトゲを何度も何度も伸ばすが、彼女を突き刺せないでいる。

 スズシロからすれば、そのままカムイに迫っていたら、トゲが突き刺さっていたということを幾度も繰り返していることになるのだが。

 どうやら【トゲトゲ】の射程は男女2人組に使用したところから、把握されてしまっていたらしい。

 それがなかったら、スズシロは踏み込みすぎて、とっくにトゲに貫かれていてくれたかもしれないのに。

 

「一つ疑問なんだけど」

 カムイが唐突に口を開く。

 スズシロは止まらない。走り続ける。

 構わずカムイは話し続ける。

「キミ、ボクが光る球の女の子とバネの足の男の子を仕留めるところを見ていたんだよね? ていうか、それよりもかなり前から。

 あの2人に容赦しなかったことを怒っているようだけど。キミはその様子を、ぼんやりと眺めていたことになるんじゃないの?」

 そういえばそうだ。スズシロの発言からすると彼女は、金髪男子が帽子女子に逃げろと言い続けるのを聞き、帽子女子が金髪男子を守るためにカムイに立ちはだかっているのを見ていたのだ。

 それなのに、2人を助けに入ろうとはしなかった。しようと思えば、彼女の能力ならできたはずなのに。

「そうだな。その通りだな」

 スズシロは言いながらカムイに接近する動きを取り、すぐさま飛び退いた。

 スズシロが一瞬前までいた空間をトゲが突く。

「そうだ、ワタシは黙ってあの2人の最期を見ていた。見ているだけだった。

 動けなかった。足が動かなかった。

 金髪の少年が瓦礫に下半身を挟まれているのを見たらーー彼の足がもう動かせないものになっていることを想像したらーー自分の足が動かなくなっていた。

 足が動かなくなった時のことを思い出して、怖くて怖くてたまらなかった」

 

 そういえば、生前に見かけた車椅子のスズシロは、今とは違って沈んだ暗い目をしていたような。大げさに言えば死んだような目。 死んだ今の方が目に生気が溢れている。

 事故か何か知らないが、それほどの心の傷を負っていたのか。瓦礫に挟まれた他人の足の状態を想像するだけで、おそらく与えられた能力によって動くようになった足が動かなくなるほどの。


「そんな自分を私は許せなない」

 彼女はカムイに対してと同じくらいに自分自身に怒っていたようだ。あの2人を助けに入れなかった自分自身に。

 この戦いは彼女にとってはケジメをつける意味もあるのかもしれない。

「あの2人を助けられなかった。あの2人は、キミやワタシよりもずっと生き返るにふさわしい人間だったのに。

 ならば、せめてあの2人をなきものにしたキミだけは倒す。生き返らせたりはしない。たとえ、刺し違えてもだ!」

 カムイに対してはともかく、彼女自身に対しては厳しすぎる発言に感じられた。

 だが本気だ。彼女には鬼気迫るものがある。

「随分、勝手なことを言っているようにも聞こえるけど」

 カムイは言った。

「でも、いいさ。これはそういう戦いだもの。誰が生き返るのかを戦って決める。それは誰を生き返らせず、死んだままにするのかを決めるも同じだ」

 会話は終わり、戦いは続く。

 スズシロは時には、離れた場所から瓦礫の破片を蹴飛ばしての攻撃を試みた。

 だけど狙いが定まっていない。

 カムイに向かって飛んでも、距離を置いている上に、蹴飛ばすために一旦足を止める攻撃など、カムイは軽くトゲで防ぐ。

 スズシロがカムイを倒すには、接近して蹴りを入れるしかないのだろう。

 結局、カムイの周りを高速で旋回し、時折急接近を試み、バックするの繰り返しに戻る。

 フェイントだろう。そういったことを繰り返し繰り返して隙を狙う。隙を作り出そうとしている。

 隙を作って一気に距離を詰めてカムイに蹴りを喰らわせるつもりだ。

 しかし、猛スピードで走り回るスズシロの体力は尽きないのか。あれだけのスピードで走り続けて消耗しないはずはない。

 だけど、スズシロはまるで体力を消費しているように見えない。スピードが衰えない。

 体力を消費しない、もしくは体力の消費が抑えられる効果が能力に含まれているのか。

 あるいは疲れが見えないだけで、実際は己の体に相当な無理を強いているだけなのかもしれない。

 カムイも彼女の疲弊を待っているのか?

 だとしても、周囲を猛スピードで走り回るスズシロの体力に限界が来るまで、彼女の動きについていけるのか?

 走り回るスズシロを見失わないために、首を回したり、体全体を回したりとせわしなくしているカムイの方が、このままでは先に対応の限界を迎えてしまいそうだ。

 その予感は当たったようだ。

 スズシロは走り回るのと急激な方向転換と急接近と緊急回避を繰り返し。

 今ならばカムイの反応が間に合わないというタイミングを捉えたのだろう。

 カムイの背後に回り込んだスズシロが一気に距離を詰める。

 カムイはスズシロの動きについていけていない。振り返るそぶりさえ見せない。

 スズシロは全力疾走から飛び上がる。

 飛び蹴りの体勢に入り切る前に、スズシロの体を四本の黒いトゲが貫き、その動きを止めた。

 スズシロの体から力が抜けていくのが見てとれた。

 スズシロの体はトゲに支えられるようにして浮いてしまっていた。

 顔に苦悶の表情が浮かんでいる。

 カムイの浮かべる薄ら笑いは勝ち誇っているようでもあり、自慢げなようにも見えた。

 スズシロの方へと振り返ったので、ヒビクからはカムイの顔が見えなくなった。

「トゲは前にしか生やせないと思ってた?

 正解だよ。

 だけど残念だったね。自分の後ろにトゲを生やすことはできないけど。ご覧の通り、後ろに向けてトゲを伸ばすことはできるんだよ」

 トゲはカムイのつま先の横あたりから生え出し、後方にその鋭い先端を向けていた。

 カムイが自分の背後にはトゲを生やせないと読んだスズシロは、後ろからの一撃で決着をつけるつもりだった。

 しかし、カムイはスズシロの行動を先読みしていた。

 スズシロが自分の視界から消えた時点で後ろから来ると判断。

 スズシロは猛スピードで走るがゆえに騒音のような足音を立てる。振り返らなくても、見なくても、接近してくるのはわかる。

 走行音で距離とタイミングを測り、トゲを生やす。 

 生やすのが早ければ、足元から背後に向けて伸ばすトゲではスズシロに届かない。

 あと少し生やすのが遅れていれば、スズシロの飛び蹴りを受けていた。

 早過ぎても遅すきてもダメ。

 距離かタイミングを一歩間違えればやられていたのに、なんて度胸だ。想定外のことには冷や汗もかくが、想定内のことには恐怖をまるで感じないかのようだ。

 見えない背後に向かってトゲを生やしたので、当然ながら急所は狙えなかったらしい。スズシロはすぐには光にならなかった。

 何かブツブツと言っているようだったが、ヒビクには聞き取れなかった。

 

 

 

 カムイの語りかけに対し、ココは上の空のように呟く。

「後悔はしていない」

 弱々しい声だがカムイには、はっきりと聞き取れていた。

「死んでからとはいえ、また思い切り走れただけでもよかった」

 声が高い。可愛らしくさえある。こっちが素で、先程までは意識して低い声を出していただけなのかもしれない。

「二度と走れないはずだったのに。ああ、でもーー」

 悔しげな声を漏らす。

「生き返れてたら、また思い切り走れてたかもしれないのに」

 ココの体が光となって消えた。

 カムイは何事か思案する。

 そして、笑った。

 口角を上げるだけの薄笑いではなく、目元まで笑っていた。

 作り笑いめいたものではなく、本当に嬉しそうな満面の笑顔をカムイは浮かべていた。

 振り返って、駆け寄るフジサキたちに顔を向けた時には、カムイの浮かべる笑みは、いつもの張り付いたようなものに戻っていた。

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