第33話 憤激
ポニーテールの女子は怒り狂っている。激しく燃え盛るように。射抜くような眼差しでカムイを睨んでいる。
ヒビクは彼女に見覚えがあった。生前は車椅子に乗っていた。
だけど今は、二本の足でしっかりと立っている。その足で高速で走って、急接近からの飛び蹴りをカムイに放った。
高速移動の能力の持ち主の存在自体は、ヒビクたちの間でも、予想の一つとして出ていた。
フジサキが何度か、風が吹かないこの世界で、不自然に砂埃が上がっているのを目撃していたからだ。誰かが猛スピードで駆け抜けた形跡の可能性があると考えた。
見つけられなかった2人のうち1人は、別に隠れているわけではなく、高速で動き回っているからタイミング悪く【望遠】でその姿を捕捉できなかった説が当たっていたらしい。
カムイの話していたことを思い出す。単純に他者を圧倒する格闘能力を持つシドウよりも、運動能力と反射神経が突出しているらしい高身長男子の方がトゲトゲにとってはやりにくい相手かもしれないと。
ポニーテール女子は、能力によって超人的なスピードを得ている。
そしてトゲに飛び蹴りをかました後、すぐさま反動を逆利用して飛び退いた動きからすれば、生前は車椅子に乗っていたにも関わらず、運動神経にも非凡なものが見られる。それとも、それも能力の効果の一環なのか。
なんにしろトゲトゲにとって、カムイにとって、相性が悪いかもしれない相手。
「酷いことを言うなあ」
流石にカムイも自分のことを生き返ってはいけない人間だと決めつけられて、少しばかりムッとしているように見えた。
「それに、不意打ちなんてひどいなあ」
これまでの自分の行為を棚にあげるようなことをカムイは口にした。
「人の不意打ちを責められる立場か?」
ポニーテール女子が言った。女性としては低めな声だ。単に地声が低いだけではなく、怒りで声を押し殺しているようにも聞こえる。
「うん。責められないね。ボクもこれまでに不意打ちはやっているし。
今のはちょっと驚かされたから、口をついて出ちゃっただけ。本気で君の行為を咎めようとしたわけじゃないよ」
飄々と言うカムイ。
「違う!」
ポニーテール女子は言った。
カムイを首を傾げた。
「ええと、何が違うのかな?」
ポニーテール女子に尋ねるカムイ。
「ワタシはキミがこれまで不意打ちをしたかどうかなんて知らない!」
「まあ、それはそうだろうね。つまり、キミはボクの不意打ち以外の行動を問題視して、人の不意打ちをとやかく言えるような身分じゃないだろうと言ったわけかな?」
「そうだ!」
「ええと、ボクの何がいけなかったのかな?」
「キミは!!」
ポニーテール女子は声を荒げた。
「つい今しがた! 互いを守り合おうとする2人を! 容赦なく! 躊躇なく! 併せて刺し貫いた!!!」
声を荒げるを通り越して、怒鳴っていると言ってもいい。
「ああ、そのことか」
一方のカムイは落ち着き払って言葉を返す。
「そうは言われても。これはそういう戦いだから。自分たちが勝ち残るために、ほかの人たちを倒していくしかない。それをいけないことのように言われてもね」
「ワタシが言っているのは!! キミは!! あの2人の!! お互いを思いやる姿を見て!! 何も!! 感じなかったのかということだ!!!」
ポニーテール女子の語気が一層強くなる。
「あなたにそんなこと言われたくないですよ」
フジサキが叫んだ。
こっちに注意を向けさせるようなことを言わないでほしい、とヒビクは思った。
「何ですかあなたは!? カムイさんが冷酷非情みたいな言い方をして! カムイさんだって、喜んでやっているわけじゃないんですから! 生き返るために仕方がないことなんです!」
ポニーテール女子はフジサキを睨みつける。
その強い眼差しにフジサキは怯み、口をつぐむ。
「そうそう」
カムイが口を開いた。
「自分たち以外の誰かを倒さないといけないからにはやるしかないのさ。やるんだと割り切ったら躊躇なんてしていられない。そうしないと、自分がやられるかもしれないんだからさ」
確かにそれはその通り。ヒビクも同意する。だからと言って一切の躊躇をしないでいられるものでもないだろうに。
「キミがあの2人に容赦しなかったのは、仕方がないことだと言うのだな!?」
「そうだよ」
「なら、これからワタシがお前を容赦なく攻撃しても、それは仕方がないことなのだな!?」
「そうだよ。そうなんだけど。でも、キミは1人なんだよね? 仲間はいないんだよね?」
カムイが尋ねる。
ポニーテール女子は頷く。
「それがどうした?」
「ボクたちは4人だ」
カムイは、ヒビクたちの方に、ちらりと視線を投げる。
「この戦いは5人までならチームを組める。さっきは2人組だったから倒すしかなかったけどね。キミさえ良ければ、仲間に入ってもらうことは可能なんだ」
激昂しているポニーテール女子に、カムイは沈着な態度で語りかける。
確かに人数上は彼女を仲間に入れることは可能だ。でも、彼女がその提案を受け入れるはずがない。
男女2人組に対するカムイの行いをポニーテール女子は気に入らないでいる。
いや、気に入らないなんてものではない。許しがたい非道な行為だと思っている。
それでも、仲間入りを提案したのは、トゲトゲと相性が良くない相手との戦いをできれば避けたいからだろうか。言ってみるだけならリスクはないと考えたか。
「私が本気でキミの仲間になると考えているのか!?」
ポニーテール女子をさらに怒らせてしまうというのはリスクかもしれないが。
それとも彼女をより一層逆上させて、冷静な判断力を失わせる作戦なのだろうか?
カムイは肩をすくめる。
「一応ね。訊いてみたんだよ。みんなも好き好んで争いに参加しているわけじゃないからさ。しなくてもいい戦いは避けたいんだよ」
「心にもないことを!」
「決めつけるのはひどいよ」
「はっきり言っておく。ワタシはキミの仲間になるつもりなど微塵もない。それどころかここでキミを倒すつもりだ!
キミは生き返ってはいけない人間だ!!!」
ポニーテール女子は再び断言した。
「生き返っていい人間とか、いけない人間とか、キミに決める権利があるのかな?」
もっともなことを言うカムイ。
「ないな」
きっぱりと認めるポニーテール女子。
「だが、この戦いでは生き返えるために残り5人になるまで他者を倒していかなくてはいけないのだろう?
キミがあの2人をそうしたように。
なら、ワタシがここでキミを倒そうとすることを否定できないはずだ!」
「まあ、それはそうだね。全くもってその通りだね」
カムイはポニーテール女子の言葉を肯定した。
「だから、ワタシはキミに決闘を申し込む!」
決闘って。時代錯誤というかなんと言うか。
「キミたちは手を出すな!」
ヒビクたち3人に向かってそう言い放つと、ポニーテール女子は手近な瓦礫を蹴りつけた。瓦礫に大きなヒビが入った。
「ひっ」
ウシオがでかい図体をびくつかせ、怯えた声を出す。
軽々とコンクリートの瓦礫にヒビを入れる威力の蹴り。人間がまともに食らえば骨くらい砕ける。頭部に入れば一撃必殺になりうる。
単なる高速移動能力ではない。脚力を超人的にまで強化する能力。
スピードに蹴りの威力。機動力と攻撃力を兼ね揃えている。
最初の飛び蹴りが決まっていたら、あの時点でカムイは退場していたかもしれない。
「キミたちが手を出さないなら、こちらも手を出しはしない! 彼を倒しても、この場は一旦引き下がる!」
「はい!」
ポニーテール女子の言葉にウシオは姿勢を正し、いい返事をした。彼女の凄まじい迫力に完全にビビっている。
フジサキがちょっと期待のこもった目でヒビクを見ている気がするが、不必要にリスクを冒す気はなかった。こちらから手出しをしない限り何もしてこないと言うなら動くことはない。
「決闘を受けるか!?」
カムイへと向き直り、確認を取るポニーテール女子。
「いいよ」
カムイはあっさりと受諾し、
「フジサキさんたちは見てていいから」
とヒビクたちの方に顔を向けて言った。
どうせ彼女のスピード相手では逃げようとしても無駄だから、この場で迎え撃つことにしたか。
「そうか」
と言って、ポニーテール女子は前傾姿勢になる。今にもカムイへと飛びかかりそうな雰囲気だ。
「戦う前に、訊いておきたいことがあるんだけど」
臨戦体勢に入った敵に、カムイは場違いに呑気とも思える調子で話を切り出す。
「なんだ」
ポニーテール女子の面差しは真剣そのもので揺るがない。
「考えてみると、こうやって戦う相手と話す機会ってなくてさ。作ろうと思えば作れたんだけど。相手がどう出るかわからない以上、のんびり話しかけるわけにもいかなくてさ」
「早く訊きたいことを言え」
「せっかちだね。別になんてことない質問だよ。キミの名前は?」
拍子抜けするような質問だった。
「こういう場合、先に自分が名乗るものだよね。ボクはカムイ。シャクジイカムイ。カムイでいいよ」
「ココ。スズシロココだ」
名前を尋ねられて答えないのも失礼だと考えたのか、お前に名乗る名前なんてない! などと言わず素直に名乗った。
ポニーテール女子改め、スズシロココ。ココとは激情的な性格の割に可愛らしい名前だ。
「ココかぁ。漢字だとなんて書くの?」
「虎の子どもでココだ!」
力強く言い切る言葉にヒビクは気が緩んでしまった。虎の子どもでココって。字面と可愛らしい音の響きのギャップがでかい。
「いい名前だね」
カムイの言葉は本気で言っているのかお世辞なのか判断しかねる。
「お前に褒めてもらわなくても構わない」
スズシロは突き放すように言う。
「行くぞ! シャクジイ!!」
そう言ってスズシロは駆け出した。
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