第32話 迫る者と退かぬ者
コトリは何が起きたのか、すぐにはわからなかった。
辺りにもうもうと煙が立ち込めている。
コンクリートの地面に手をつく。
体のあちこちを打ち付けてしまったらしい。擦り傷もできている。痛む。
何か爆発が起こったことを理解した。
爆音はこれまでにも二回聴いている。追ってきた相手の中に爆発を起こす能力の持ち主がいたのだろうか。
コトリはよろめきながら立ち上がる。
ツバサくんは!?
立ち込めていた煙が晴れていく中、彼の姿を見つけた。
ツバサくんは、爆発によって崩壊した建物の瓦礫に挟まれ、下半身が埋まってしまっていた。押し潰されているかもしれない。苦しそうに呻き声を上げていた。
「ツバサくん!」
コトリの口から悲鳴のような叫び声が上がる。
急いで駆け寄った。自分の打ち身や擦り傷なんて大したものじゃない。ツバサくんを今すぐ重たい瓦礫の中から救い出さなければ。
コトリは瓦礫をなんとかどかそうとする。
けれど、華奢なコトリの力ではピクリとも動かない。
コトリは自分の右手をさっと見た。
エネルギー弾を使う?
ダメだ。コンクリートの瓦礫を砕くだけの威力はない。
どうしたらいい?
そうだ。何か長くて丈夫な棒状のものがあれば。テコの原理を利用すれば。鉄パイプのようなものがあれば。
けれど、そんな都合のいいものなんてこの世界にあるのか。
これまで歩き回って、道具と言えるようなものは何一つ見かけなかった。
崩れた建物にだって、鉄筋のようなものは使われていない。ただのコンクリートの塊のようだった。
そういう話をツバサくんとした。むやみに能力以外に武器になりそうなものを増やさないためではないかと。
それでも何かないかと辺りを見回すコトリの視界に映ったのは自分たちにゆっくりと迫って来る者だった。悠然と。堂々と。隠れようともせず、まっすぐ近づいてくる。
異常なまでに痩せ細った少年。
コトリの体がすくんだ。
「コトリ、逃げろ!」
ツバサくんも迫り来る者に気づいたようだ。苦しそうにしながらも懸命に叫んだ。
コトリの体の硬直が解ける。
ツバサくんは繰り返し、コトリに逃げろと訴える。
コトリは、痩せた少年から、ツバサくんへと顔を向け、優しく微笑えみかける。
大丈夫だよ、とか、安心して、とか言ってあげたかったけど、軽率に口に出せる言葉ではなかった。
瓦礫をどうにかしようとしゃがんでいたコトリは立ち上がり、毅然として痩せた少年へと向き直る。
逃げろと言ってくれるのは嬉しいけど。ツバサくんを置き去りにすれば、自分は逃げられるかもしれないけど。
だけど、そんなことするつもりはない。逃げるわけにはいかない。逃げるつもりはない。 だって、わたしが逃げたら、ツバサくんやられちゃうじゃん。
ツバサくんは、この戦いが始まってから今までずっとわたしを守ってくれた。
今度はわたしがツバサくんを守ってあげる番だ。
コトリは覚悟を決めた。
痩せた少年を倒す。
ツバサくんを守る。
そして、2人で生き返るのだ。
無理だろうということはわかっていた。
たとえ痩せた少年を倒したとしても、彼にはまだ仲間がいる。どういうつもりで今1人で来ているのかは知らないけど。彼の仲間全員を撃退した上で、ツバサくんを瓦礫の下から救出できなければどうにもならない
救出したところで、重傷のツバサくんと共に2人で勝ち残れる可能性は限りなくゼロに近いだろう。
それでも。
諦めない。
可能性を自ら手放すつもりはない。
ツバサくんと2人で生き返る可能性を。
タカカイコトリは、瓦礫に埋もれたヤギツバサを背にして立つ。
来るなら来い。
決して、自分のいる場所より先には行かせない。彼をこれ以上傷つけさせたりはしない。
コトリは痩せた少年に手のひらを向けて右腕を伸ばす。
痩せた少年は変わらずゆっくりとした歩調で、コトリたちに迫ってくる。
右手のひらの先に青白く光る球体が生み出される。これまで使用した時よりも気のせいか力強く輝いていた。
コトリは痩せた少年の顔面を狙い、エネルギー弾を放った。
軽快な音ともに発射された光球は、今までよりもスピードがあった。
狙いは正確。痩せた少年の顔面に直撃コースだ。
しかし、痩せた少年の前に大きく長く黒い円錐が生えた。
巨大なトゲとでも言うべきそれにぶつかったエネルギー弾は弾け、消散する。
コトリはわずかに動揺する。
しかし、すぐに第二撃を放つ。
それも防がれた。
狙いを左肩口に変えて、次の攻撃。
それも難なく防がれてしまった。
トゲによる防御をすり抜けようと、狙いを迫り来る少年の体のあちこちの部位に変えつつ、繰り返しエネルギー弾を撃ち出す。足元。左脇腹。額。右太もも。右腕。左胸。右頬。
痩せた少年は地面から伸びるトゲでそれらをいとも簡単に防ぎながら、一歩、また一歩と近づいてくる。
コトリの中に焦りが生じる。
この人、一体なんなの?
攻撃されているのに、顔には張り付いたような薄ら笑いを浮かべ続けている。
危機感のようなものを覚えている様子は一切見られない。
泰然として、淡々と正確にエネルギー弾の軌道上にトゲを生やしてガードしている。
オンラインの対戦ゲームでむちゃくちゃ上手いプレイヤーと戦っている時のような感覚だ。
戦い慣れているような感じさえする。
実際、戦い慣れているのかもしれない。
生き返りの権利を巡る戦いが始まってからずっとうろつき回り逃げ回っていたコトリと違って、積極的に行動し何度かの対戦経験を積んでいるのだろう。
だとしても、異様だ。異様な落ち着きようだ。
的確にエネルギー弾をガードしながらも、どこか攻撃を食らうこと自体を恐れていないような。
人間じゃない別の何かを相手にしているような脅威さえ覚える。
単純に戦いに対する向き不向きの問題なのかもしれない。戦いへの適性みたいなものが、痩せた少年は異常に高いのではないか。
たとえそうだとしても、恐れをなして逃げ出すつもりなどさらさらない。
ツバサくんを守る。
2人一緒に生き返る。
その決意は微塵も揺らがない。
何発エネルギー弾を撃っただろうか? 数えていないのでわからない。十数発は撃っている。
顔に汗が浮かび、呼吸が荒くなる。
エネルギー弾の連続使用で、コトリの体力は着実に消耗していく。
息苦しさを感じる。立っているのも腕を上げているのも辛くなってきた。
それがどうした!? 今もなおコトリに逃げろと悲壮な叫びを上げ続けてくれているツバサくんはもっと辛くて苦しくて痛いはずだ!
痩せた少年は防御しつつも、立ち止まることなく迫ってくる。
コトリも立ち止まったままではなく動くべきか? 動き回りながら攻撃した方がいいのか?
だめだ!
万が一でもツバサくんが先に狙われるかもしれない真似をするもんか!
カムイは光球を放つ女の子を【トゲトゲ】の射程圏内に入れた。
カムイは、さらに一歩二歩三歩と前に出た。
地面から四本の黒いトゲが伸びた。
二本は光球を防ぐ。
一本は光球の女の子、一本は足がバネになる男の子を貫く。
光球の女の子は背が低いのに加えてその場を一歩たりとも動こうとせず、彼女に逃げろと言い続けたバネの足の男の子は地面に突っぷす形だったので、頭部を精確に貫き通せた。
すぐに2人とも光となり始める。
カムイは、2人が光になって消えていく様子と空のカウントを視線を動かし見比べる。
先に消えたのは光球の女の子。わずかな差でバネの足の男の子。
カウントは15、14と連続して減った。16から一気に14になるということはなかった。
カムイはフジサキたちのいる方へと歩き出す。
その時、地響きのような騒音が上がった。
「カムイさん!」
フジサキが叫んだ。
カムイはハッとした顔で自分へと近づいてくる音の方を見た。
女の子だ。ポニーテールにそばかす。カムイたちが未発見の人物。
ポニーテールを激しく揺らしながら、猛スピードでカムイへと突っ込んでくる。
遠くから駆けてきたのではなく、物陰に隠れて様子を伺っていたのを、飛び出してきたのだろう。
ポニーテールの女の子は、爆走の勢いをつけて跳躍し、右足を前へと振り上げる。
カムイと女の子の間にトゲが生える。
女の子は足の裏でトゲを蹴ることとなった。
トゲを蹴った反動を逆用して女の子は後ろへと飛んだ。
トゲが引っ込み、ほんの少し前まで女の子がいた空間に向かってトゲが生え出す。飛び離れていくスピードが遅かったら女の子は串刺しになっていた。
凄まじい速度から飛び蹴りを繰り出してきた女の子は、【トゲトゲ】の範囲外まで飛び下がり、着地する。
綺麗な着地だった。
膝を曲げて着地していたポニーテールの女の子は、立ち上がり、カムイを見据える。
強い眼差し。険しいと言った方がいいか。怒りを感じさせる。
「カムイさん!」
フジサキがまた、叫んだ。
カムイは、フジサキの二度目の叫びに対して、さっと彼女の方を見て、すぐに襲撃者の方に視線を戻した。
ポニーテールの襲撃者は厳しい顔でカムイを睨み、大声を上げた。それは怒号という言い方がふさわしい叫び声だった。
「キミは!!! 生き返ってはいけない人間だ!!!」
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