第21話 接近者

 エイチとモモセは【探知】でほかの参加者を探すことにした。

 4人以上のチームを感知した場合は、気づかれる前に逃げる。

 1人から3人ならば、仲間になってくれないか、仲間にしてくれないか話し合いを試みる。3人以下でも、攻撃を仕掛けられる可能性があるから、逃げやすいようになるべく近づきすぎない。

 モモセと移動を開始してから少しして。

 エイチは他者の存在を感じ取った。

 エイチは声を上げた。

「モモセさん!」 

 声を上げると同時に何者かがいるあたりを指差す。

 それからその指を上に向けて、相手が1人であることを示す。

 あれこれ迷っている暇はなかった。

 襲ってくるつもりならば、モタモタしていたら手遅れになる。まずはモモセに何者かの存在だけでも伝えて置かなくてはならない。

 斜め前側の建物の陰に隠れている。 

 エイチたち2人を見つけて、気づかれないように接近してきたのだ。

【探知】で、細身で背が低いことは感じ取れた。

 女子とも小柄な男子とも言い切れない。

 体格のいいロープの少年でないのは確かだ。

 様子見か。

 エイチたちに攻撃を仕掛ける気だったのか。

 モモセはさっと右腕を上げて能力を発動させる。

「ブ〜メラ〜ン」

 毎回、ポーズと掛け声やるんですか? などと訊いている暇はない。

「やる気〜〜?」

 自らの獲物を手に、気の抜けた調子でモモセが問いかける。本人としては威圧しているつもりなのかもしれない。

 ええと、こういう場合、どう言えばいいのだろうか。

 そうだ。

 エイチは思いついたことを口にする。

「そちらは1人ですね? もしかして仲間を探しているんですか? 話し合う気があるなら、両手を上げて出てきてください」

 言ってから、それではダメだと気づいた。

 両手を上げて出てきたからといって、戦意がないとは限らない。攻撃してこない、できないとは限らない。カサイが口から火を噴くように、手を使わないでも攻撃できる能力というのはありうるのだから。

「戦うつもりがないならば、そのまま立ち去ってください」

 慌てて付け足した。

 向こうが奇襲を仕掛けるつもりで近づいてきたのだったら、気づかれた以上は奇襲にはならない。

 なら、奇襲を諦めて普通に飛び出して攻撃してくるか、一旦この場を去るかだ。

 エイチとしては、後者を選んでほしい。

 あるいは、普通に話し合うつもりで両手を上げて出てきてほしい。

 相手の真意と、どんな能力を持っているかがわからない以上、警戒を解けないが。

 モモセのブーメランは余裕で届く距離だ。

 だが、相手の能力もこちらに届く距離かもしれないのだ。

 物陰から出てきて、即攻撃してくる可能性は低くない。

 そうなったらどうなる?

 モモセのブーメランと相手の攻撃、どちらが早いかの勝負になる?

 相打ちになるかも? 

 モモセではなくてエイチの方を狙ってくることも考えられる。

 緊張する。

 汗がにじむ。喉の渇きを覚える。

 潜んでいた相手が建物の陰からゆっくりと出てきた。

 姿を現した人物を見て、ぞわりと悪寒のようなものがエイチの全身を走った。

 女子ではなく、痩せた背の低い男子だった。

 いや、あれは痩せているというレベルではない。痩せこけている。痩せ細っている。やせ衰えている。

 餓鬼。という言葉がエイチの頭に浮かんだ。

 こけた顔で、トカゲを思わせる目は異様なぎらつきを放っていた。

 両手を上げていない。

 戦意あり。

「とりゃっ!!」

 モモセも痩せこけた少年に尋常ならざるものを感じ取ったに違いない。ブーメランを投擲する際の掛け声に、ロープの少年の時より明らかに気迫がこもっていた。

 ブーメランはクルクルと回りながら飛んでいく。

 痩せこけた少年はさっと建物の陰に引っ込んだ。

 ブーメランは誰もいない空間を通り過ぎていく。

「ありゃ?」

 間の抜けた声をモモセがあげる。

「モモセさん! 逃げましょう!」

 エイチは叫び、走り出す姿勢をとった。

 緊急事態において、身を守るためにいつもよりも数倍頭が働いたか。エイチは痩せこけた少年の狙いを理解できた。

 ブーメランはある程度飛んで行ってから、持ち主であるモモセの元へと戻り始めた。

 ブーメランが少年が引っ込んだ建物の横を抜ける。するとすぐさま痩せこけた少年が再び姿を現した。

 痩せこけた少年はブーメランを追うようにして駆け出した。

「え? え?」

 エイチの声かけに対する戸惑いの声。

 痩せこけた少年の行動に対する戸惑いの声。

 モモセはとっさに事態を飲み込めなかったようだ。

 モモセの能力は見たまんまブーメランだ。

 物陰からチラッと見てもわかるし、モモセ自身がそう言った。

 モモセの出したブーメランの特殊効果は知らなくても、一般的なブーメランの特徴くらい誰だって知っている。

 投げて、狙いを外した場合、戻ってくる。手裏剣や投げナイフ、ほかの投擲武器と違って繰り返し使える。

 しかし、一度投げたら、戻ってくるまでの間は、無防備になる。

 モモセにブーメランを投げさせた後、彼女の元に戻るまでの間に距離を詰める。自分の能力による攻撃が届く距離まで。それが痩せこけた少年の作戦。

 ブーメランの方が痩せこけた少年の足よりずっと速いだろうが、それでもその持ち主が棒立ちで自分の武器が戻ってくるのを待っていてさえくれれば。たとえ手元にブーメランが戻ってきても、第二投を繰り出す前に攻撃の射程に入れると判断したのだろう。

 痩せこけた少年を、その攻撃が届く範囲に入れないために距離を取らなくてはいけない。

 普通なら、戻ってくるブーメランに背を向けて逃げ出すなんて行為はあり得ないだろう。投げた本人がブーメランの直撃を喰らいかねない。

 けれど、モモセのブーメランの特性ならば、たとえ見てなくても、背を向けて走っていても、手元に問題なく収まるはず。

「あ! うん!」

 エイチの言わんとしたことをモモセも理解してくれたようだ。

 彼女も振り返って、走り出そうとした。

 それを見て、エイチは走り出した。

 しかし、遅かったらしい。

 ぎゃっという短い悲鳴が聞こえた。

 それに気を取られて転んでしまった。

 エイチは膝をついて、後ろを向いた。

 おぞましい光景が目に飛び込んできた。

 地面から生えた黒いトゲがモモセの体のあちこちを貫いていた。

 串刺しの状態でも、ブーメランはモモセの手元に収まっていた。

 エイチがモモセの惨状を目にしたのは短い時間だった。すぐにモモセの体は光となって消えてしまった。

 ブーメランが地面に落ちて、ガランという音を立てた。

 ああ、能力で出した武器は出した当人がいなくなっても消えないんだ。

 ちょっとした発見だった。

 結構重要なことの気もしたが。今のエイチには意味のない発見だった。

 痩せこけた少年が近づいてくる。

 少年はぜえぜえと肩で息をしていた。

 わずかな距離しか走っていないのに。

 あの痩せ細った体で体力がないのは当たり前か。

 それに足も遅かった。

 あまり足の速くないエイチと比べても明らかに遅かった。

 エイチは自分の失策に気づいた。モモセに大きな声で潜んでいる者の居場所を教えたり、そこに向かって呼びかけたりするべきではなかった。

 そっとモモセに誰かが隠れていることを教えて、2人で走って逃げ出しておけばよかったのだ。

【探知】によって、女子か小柄で痩せた男子だとはわかっていた。希望的観測は入るが、足が遅い、体力に劣るかもと考えて、逃走を選んでいれば、逃げきれていた可能性は高い。

 自分の判断ミスだ。

 カサイならば逃走を選んだだろうか?

 あの人は抜けているところはあったが、エイチと違ってそういう判断が早かった。

 今からでも、仲間になってくれないか、仲間にしてくれないか、誠心誠意頼んでみたらどうだろうか? 命乞いをしてみたら。

 いやしかし。今更痩せこけた少年が首を縦に振ることはないだろう。

 どっちみち、生き返るために仕方がないとはいえ、モモセをあんな目に合わせた相手と手を組む気もない。

 モモセは戦えない自分の代わりに痩せこけた少年やロープの少年に立ち向かってくれたのだ。その彼女を脱落させた相手と手を組むのは道義に反するだろう。

 だからーー。

「できるだけ、痛みを感じる時間が短いようにお願いします」

 それくらいは頼んでみても構わないだろう。

「そのつもりだよ」

 薄ら笑いを浮かべた痩せこけた少年は、気さくといってくらい軽い調子で請け負ってくれた。

 エイチの体に激痛が走った。

 要望通り、痛苦が長く続くことはなかった。

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