第20話 独り

 カンタは平屋の屋上から、縄の先についた鉤を投げつけた。通りかかった空手家シドウに向かって。

 しかし、鉤はあっさりかわされた。それどころか縄を掴まれてしまった。

 シドウが縄を引いた。

 普通にシドウと一対一で綱引きを行なっていたならカンタの方が有利だったろうが、縄を掴まれた動揺の隙を突かれた。踏ん張ることも引っ張り返すこともできずに地面に引き摺り下ろされてしまった。

 両足でしっかりと着地を決められただけ上等だったかもしれない。

 だが結局、中学生空手最強のシドウマモルの拳をもろに腹に食らってしまった。

 さらに、シドウは上段蹴りを放ってきた。

 それはなんとか避け、かすっただけで済んだ。

 だが、頬の皮一枚切られてしまった。

 それだけ鋭い蹴りだったということではない。

 鋭いのは確かだが、人間の体をすっぱりと切るのは、たとえシドウでも通常ならさすがに無理というもの。

 カンタは上段蹴りを避ける際に、シドウのつま先が通常ではない刃状に変化しているのを視認した。

 寒気を感じた。

 避けていなかったら、大振りの刃物に変化したシドウのつま先が通過していたのは自分の首もとだ。あの蹴りの鋭さと刃の鋭さを合わせれば、人間の首くらい刎ね飛ばせるだろう。

 カンタは撤退した。情けない言い方をすれば脇目も振らずに逃げ出した。

 シドウも追ってきたはずだが、振り切れたようだ。

 持久力には自信がある。

 適当な廃墟に入って休息をとる。

 シャツをめくって確認してみれば、脇腹に拳大のあざができていた

 あのまま戦い続けていれば、まず間違いなく自分は負けていただろう。遅かれ早かれ首を刎ねられていた。 

 上方から鉤を投げつける作戦自体は悪くないと思っていたのだが、シドウには通じなかった。

 掴まれた縄を一度消すという判断をとっさに取れていれば、その後の展開は違うものになってはいただろう。だからといってシドウを倒せていたかどうかわからない。

 シドウが勝ち残り続ける限り、再戦の可能性はある。

 その時のために、シドウに対して有効な案を考えておかねば。

 シドウは独りでカンタも独りだから、この先相まみえることなく、お互い5人に残るということもありうる。

 偶然出会うことがないならばそれでいい。あるいはシドウが、ほかの誰かやチームにやられてしまうのならばそれもいい。

 だが、また出会ったときは再戦するつもりでいなければならない。

 誰の命も選ばないことを選んだカンタが、シドウだけとは絶対に戦わないと決めてしまうわけにはいかない。

 シドウを倒さないと決めてしまうのは、生還する者としてシドウを選んだのに近いことになってしまう。

  

 カンタは独りだった。

 金髪のツバサという少年と、帽子を被ったコトリという少女を置き去りにしてからずっと。

 これからも独りでいるつもりだった。

 仲間は作らない。

 作るわけにはいかない。

 誰とも手を取り合わない。

 誰かと協力し合うことは、その誰かを生き返らせる者として選んだも同じだから。

 家族や、友人、愛する人、悲しませたくない人くらい誰にだっているだろう。

 だから選べない。選ばない。選ぶわけにはいかない。命に優先順位をつけるような真似をしてはいけない。

 独りで戦う。

 全員を敵に回す。

 それなら自分以外の命を選ぶことにはならない。

 ポニーテールの少女もカンタ同様、誰かと協力し合うことは命の取捨選択をするのも同じと考えていた。

 カンタには短い端的な会話だけでも、彼女の考えは概ね理解できた。

 チームを組むこと自体は否定していなかった。たまたまなのか意図的なのかはともかく、その場に揃っている者でチームを結成するのに懐疑的だったのだろう。

 信用できるかどうか、頼りになりそうかどうかの問題ではない。

 その場にいる5人で組めば、その時点で自分以外に4人、暫定的とはいえ生き返らせる者を決めてしまうことになる。彼女の価値観がそれを良しとしなかった。

 彼女とも出会えば戦うことになる。

 コトリやツバサとも。

 あの場で戦いを仕掛ける気にはなれなかった。

 独りで戦う覚悟を決めたとはいえ、カンタにだって、もう少しだけ心の準備が必要だった。

 それに自分に与えられた能力【鉤縄】の使い方や作戦など、よくよく考えてみたかった。

 

 単独行動を開始したカンタは、まずこの戦いの場の端がどうなっているのかを確かめることにした。

 そして川に辿り着いた。

 この地はどうやら巨大な川に四方を囲まれているらしい。

 川に落ちたら生き返りのチャンスは失われると言っていた。

 カンタは待ち伏せすることにした。

 罠を仕掛け、ここを訪れた者を川に落とす。

 もちろん、自分がいる場所に誰かが都合よく来る可能性がそう高くないことくらいわかっていた。

 だが、自分同様に端の方を確認しようと考えた者がやって来るとしたら、戦いが始まってから比較的早いうちだろう。

 時間を決めて誰も来ないようだったら、引き上げる。時間が来るまでは待つ。

 なんにしたって、じっくりと自分の能力の使い道、この先どう動くか、どう戦うか、考える時間が必要だった。

 たとえ、誰も来なくてもあれこれ思案するのならば、時間の浪費にはなるまいと判断した。

 カンタが仕掛けた罠は単純明快。

 自分の能力の伸縮自在の縄を使った罠。鉤の付いていない方の先で輪っかを作り、地面に置き、小石や砂利をかけて目立たないようにしておく。

 ここにやって来た者たちが川に近づこうとする時、足場が悪い中、どういうルートを通るかを予想して罠を設置した。

 誰かが、まんまと輪っかに足を踏み入れたら、縄を縮める。

 罠にかかった対象を引き寄せ、急速に縮む縄の勢いを利用して川に落とす。

 待っている間に、こんな罠に都合よく引っかかってくれる者などいないのではないかと思うようになった。

 だが、うまくいった。

 反撃で軽い火傷を負わされてしまったが。

 今もヒリヒリする。

 即脱落となったので、火を吹くカチューシャの女子は溺れる苦しみを味うことはなかっただろう。

 まさか沈みっぱなしということはないと思いたい。

 予想外だったがカンタにとって都合がいいことに、カチューシャの女子が罠にかかったとみるや否や、理由はともかくボブカットの女子が逃げ出した。

 1人逃げ出し、残り2人。

 無理せず退避するという手もあった。しかし、あの2人を放置しておけば、仲間を見つけて、人数を増やしてしまかもしれない。

 ツバサとコトリが2人で行動して残っているなら、お互いに手を組み合うのにうってつけの相手となる。

 そうさせないためにも、ツインテール女子とメガネ男子、2人とも脱落させておきたかった。

 脱落させられなくても、少しでもダメージを負わせておく。

 カンタ自身とポニーテールの女子、シドウを除いて、隠れて戦いを回避するつもりでなければ、単独行動を選ぶ者はそうはいないだろう。

 2人くらいならリスクを冒してでも戦わなくてはいけない。

 3人でも、不意打ちを仕掛けて、1人にダメージを与えて逃げるくらいのことをしていかないと、最終的に勝ち残れまい。

 流石に4人以上相手には、基本戦いを避けざるを得ないと考えてはいる。あの時は罠にハマってくれたので、4人組相手にも仕掛けることにした。

 都合よくチーム同士が潰しあってくれることを過度に期待するわけにもいかないのだ。

 結局、敵方には攻撃を入れられず、こちらがブーメランを喰らってしまった。大型のブーメランゆえに、かすった程度でもその衝撃は小さくなかった。

 しかし、ブーメランと言ったのは何か意味があったのか。言わないと出せないのか。そんなことはあるまい。自分の縄は意思だけで出すことができるのだ。気合いを入れるためか、威嚇か牽制の意図があったのか。

 火炎による軽い火傷に、ブーメランによる打撲。

 どちらも軽度とはいえ、立て続けにダメージを受けることになった。ここは一旦、退却すべきだと判断した。

 独りで戦い抜く以上は無理は禁物。

 形成不利とみなしたら即時徹底。

 引き際を見誤ってはならない。

 とはいえ、これまでのところ戦いを仕掛けるたびに一つ一つは小さいがダメージを受けている。

 一歩間違っていれば、もっと深刻な痛手を負っていたかもしれない。やられていたかもしれない。

 カチューシャの女子が噴き出した火炎のでかさを考えれば、まともに浴びていたら最低でも火だるま、最悪なら黒焦げ。苦しんだ末に脱落か、即脱落かのどちらかだったろう。

 ブーメランもかすった程度であれなら、直撃だったら骨にヒビが入るくらいは確実だろう。

 シドウには首を刎ねられてもおかしくなかった。

 自分でも無茶をしているのはわかっている。

 愚かな選択をしているとわかっている。

 それでも。カンタの独りで戦う意思は揺るがなかった。

 だけど。

(夏野はーー)

(夏野ちゃんはーー)

(夏野さんはーー)

 カンタを諌める3人の女性の声が想起される。

「うるせえよ」

 カンタは呟く。

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