第19話 交戦
ロープの少年は、川に落としたカサイが浮いてくる様子がないと見て、さっと空へと目をやり、すぐにエイチたちに向き直った。
エイチも同様のことをしていた。空に浮かぶ残り人数のカウントを確認するために。
18。先に見た時よりも1人減っている。
空からの声の注意通り、川に落ちたから、たった今カサイが生還の権利を得るチャンスを失った。
エイチが所属するチームの実質的リーダー、カサイヒョウコがあっさりと生還の権利を巡る戦いからリタイアさせられてしまった。
直接的な攻撃ではなく、罠に嵌めて川に落とすという方法で。
自分のせいだろうか。
川があると予想した上で、この地の端を見に行きたいと言い出したのは自分だ。ここに来なければカサイが川に沈められることはなかったはず。
エイチの探知の有効範囲の外にロープの少年は隠れていたから、気づけなかったのは仕方がないとしてもだ。彼女のピンチに自分は何もできなかった。ぼんやりと見ていただけといってもいい。情けない話だ。
しかし、今は自責の念に駆られている時ではない。
なぜなら危機は去っていないのだから。
カサイを罠にはめ、川へと落とした敵は依然そこにいるのだから。
対峙する少年は、カサイを川に落とす際、一度消していたロープを再び手元に出していた。
ロープの両端、その片側にはフックが付いている。鉤と表した方がいいか。
反対側の端はだらりと垂れている。
少年はロープの鉤が付いた方を頭上で振り回していた。遠心力を溜めて、投げて攻撃する気なのだろう。
鉤の付いていない側は、さっきは輪っかになっていた。最初からそうなっていた訳ではなく、後からあの少年が罠のために輪っかを作ったのだろう。そういう結んだりなんなり、出してから加えた変化は一度引っ込めると戻るということか。
ほかにも、あのロープには縮む性質があることがわかっている。当然縮むだけではなく伸びもするはず。
今のロープの長さは、カサイが罠に嵌った時点での長さよりもはるかに短い。
ロープの変化が一度消すと元に戻るならば、出した時の長さが伸縮できるロープの基本の長さだと推測できる。
片側に鉤の付いた自在に伸縮するロープをどこからともなく出せる能力。応用力は高そうだが、決定力には欠けている。
とはいえ、貧弱なエイチとは違い、ロープの少年はガタイがいい。鉤で殴りかかられるだけでも脅威だ。
今、この場にいる自分の味方はモモセだけ。
ホウジョウはどこかに行ってしまった。彼女はカサイがロープに引きずられていくのを見るや、元来た方へと駆け出していた。
止める暇もなかった。
カサイはこのままやられてしまうだろう。ロープの少年にはほかに仲間がいるかもしれない。とっさににそう判断し形成不利とみなして、とっととチームを見捨てて逃げ出すことにしたのか。
あるいは、もともとチームを抜け出す機会を伺っていたのか。彼女が駆け出すまでの素早さを考えると、そっちの方がありそうだ。
彼女は最初からチームに参加するのを良しとしていなかった節がある。カサイが暗にチームを組まない人を攻撃することをほのめかしたから仕方がなくチームに加わっただけで、チャンスがあれば離脱するつもりでいたのかもしれない。
1人になってからどうする気かは知らないが。去ってしまったホウジョウのことをあれこれ考えている場合ではない。
今、重要なのは、この窮地をいかにして切り抜けるかだ。
対峙する少年はロープを振り回しつつ、じりじりと距離を詰めてくる。
現状を打破するにはどうすればいい?
自分の能力は非戦闘用。
モモセだけでロープの少年を撃退できるか。能力は彼女の方が強そうだが。
それとも逃げるか? 逃げ切れるか? モモセはどうか知らないが、自分は走力にも体力にも自信はない。向こうは持久力がありそうだ。
エイチが忙しくあれこれ考えている間に、モモセはどうするか決めたようだった。
右手を斜め上にかざす。
「ブ〜メラ〜ン」
国民的アニメに登場するロボットが未来の便利な道具を出す時のような言い方でモモセが声を上げた。
モモセの右手の前の何もない空間から、くの字型の大きな物体が出現する。
エイチはガクッと肩を落とす。
モモセの能力【ブーメラン】
特殊な性質を持った大型のブーメランを出せる。
チーム結成のおり、カサイに能力を見せるように言われた時も、今し方と同じポーズ、同じ言い方をしてブーメランを出していた。
「それ必要あるの?」
とカサイに問われて、モモセは別にと答えていた。
カサイは追求しなかった。
エイチは彼女なりの場を和ませるためのユーモアだと捉えていたのだが。どうもそういうわけではなかったらしい。
彼女なりの気合を入れるための掛け声なのかもしれない。漫画なんかで登場人物が必殺技の名前を叫ぶような感じなのだろう、おそらくは。
本当のところは、この場を切り抜けられたらモモセに聞くしかない。
とにかく、モモセはロープの少年と交戦する気だ。
頼りになる。というか自分が頼りないのか。
モモセノノは呑気な女の子だと思っていたが、土壇場では力を発揮するタイプだったのかもしれない。そうであってほしい。
「そいや!」
モモセは似つかわしくない掛け声と共にブーメランを投げた。
同時にロープの男の子も動いていた。ロープの先の鉤をノノに向けて放った。
「わわわっ!?」
モモセは彼女に向かって比喩ではなく伸びてくる鉤を横っ飛びで躱した。
「くっ!」
ロープの少年は少年で飛んでくるブーメランを避けようとした。
しかし、完全に避け切ることはできず体をかすめたようだ。ロープの少年は膝をついた。
ブーメランがモモセの元に戻ってくる。
モモセのブーメランは、それを出した彼女自身が投げた時にだけ特別な効果を発揮する。
標的や何かにぶつかってもモモセの元へと戻ってくる。たとえ投げた後で移動しても、ブーメランは彼女の方へと軌道を変える。
そして、所有者であるモモセを傷つけることなく手元に収まるのだ。
その性質上、例の高身長少年の攻撃を跳ね返す能力に対してはリスクが低く、別の方向に投げてからモモセが移動することでブーメランを誘導して当てるなんて芸当も可能ではないかとカサイは言っていた。
戻ってきたブーメランがモモセの右手へと収まった。
モモセが第二撃を投げようとする前に、少年はロープを消してエイチたちに背を向けて走り出していた。
エイチはホッと一息つく。
ブーメランがかすめたダメージが結構大きかったのか。
縄を振り回してから鉤を投げる攻撃方では、さっと投げられるブーメラン相手には不利と判断したのか。
あるいはその両方か。
なんにしても、ローフの少年は撤退を選んでくれた。
無理に追いかけることはない。
モモセもそのつもりのようだ。ブーメランを消した。
それにしても、彼はどういうつもりでいたのだろう。
4人で行動しているエイチたちに対して仲間入り交渉を考えなかったのか。
逸れた仲間がいるのかもしれないが、彼には人を寄せ付けない雰囲気を感じないでもなかった。人と協力し合ったり、他人を信用することができない人間なのかもしれない。
「これからどうする?」
モモセがエイチに聞いてきた。
エイチは困ってしまった。自分に聞かれても、と。
5人で行動開始したチームも、あっさりと2人だけになってしまった。
モモセと2人きりになるとカサイの存在のありがたさがわかった。
カサイ自身のためというのが大きかろうと、チームの方針を決めてくれた。チームの道標となってくれた。チームを引っ張ってくれた。
結局、ロープに引っ張られて彼女は脱落してしまったのだが。
エイチは勉強はできても、こういう状況で何かを決めるのに頭を使うのは向いていない。特殊な状況下で求められる対応力に劣る。
結局、エイチが思いつくのは、自分よりそういう対応力がはるかに優れていたカサイのさしあたっての方針だったものを受け継ぐことくらいだった。
「仲間になってくれそうな人を探しましょう」
「だよねえ」
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