だから私は理系をやめた
猫墨海月
夢から覚めた時、酷く落胆したことは無いだろうか。
私はある。そういったときに限って、夢が夢であってほしかった事なんて、一度たりともないのに。何故か朝は現実を告げ、私達を絶望の淵へ叩き落とす。
今日もまた、至極普通の素敵な一日が幕を開いた。
誰の許可もなく。
分かってはいる。死にたいだとか、消えたいだとか、そんな軽い言葉を吐き捨てて気持ちを形容してしまうことが、本気で明日を願う誰かに、本気で明日が来ない誰かに、泥を塗りたくって見捨てる失礼な行為なんだと。
それでも、そうなのだとしたら、私達みたいな人間は一体どうやって生きていけばいいのだろうか。
その答えを用意することこそが今の社会に求められることなんじゃないだろうか。
分かっていても理解できない私達の為に、社会はその時間を、精神を、言葉を、財産を、全部使ってでも明白に答えを用意するべきなんじゃないだろうか。
「なんて、私が言ってもか」
投げ捨てられた制服が、部屋の隅から私を睨んでいた。
朝の光が、私を部屋へと連れ戻した。
終わった日曜日の次の日、私は必ず学校に遅刻していた。
理由なんてない。ただそれがその日の私にとって最善であっただけだから。
それだけだったはずだから。
少し遅れれば学校に行ける。
絶対、学校には行く。
行けば楽しい時間が待っている。
私はそれを望んでいる。
だから行ける。はずだった。
カチカチと音を立て過ぎてゆく時間。
無慈悲に冷酷に進むそれを止める術を私は知らなくて。
罪悪感で殺されそうな布団の中、透明な涙を流すしかなかった。
否、流す事すらできなかった。
だから泣いている誰かを想像しては、その世界へ落ちていった。
幼い頃から人に頼ることが苦手な私には、それ以外に悲しむ方法が分からなかったから。
光から逃れられるよう、もう一度深く布団を被った。
そうやって幾度となく時刻が変わり、朝日が夕日を終えた頃。
ようやく布団から這い出た私は、酷い有様だった。
服を着替えるのは時間が惜しく、かといって何か特別やりたいことがあるわけでもなく、それなら将来の為勉強をすればいいのだが、ただどうしようもなく物語が書きたくて、それでもペンを持つことができない。
それなら何かを生み出す必要はないからと、唯一続けられる読書をしようと本棚に目をやるが、それすら脳の倦怠感が邪魔をしてまともにできない。
私は物語が好きなのに。
もうそれすらできないのか。
その無力感にも肯定の意を示すのは頭痛だけで。
それに酷く虚しい喪失感を得て、私は再度襲いに来た眠気に抗うことなく目を閉じた。
愛する文章を本棚に幽閉したまま。
――どうだ、愛したはずの世界だって最早見れていないのに。
触れることも近づくこともできない私が生きている意味って何なのだろう。
◇◇◇
文章に触れたい欲求が抑えられなくなったのは、いつからだろうか。
中学に入って二年目のあの日、授業で小説を書くと告げられた瞬間か?
それとも小学六年生の最後に書いた、卒業の為の文集だろうか。
もしくはもっと前、九歳だったあの年に、思いのままを書けたあの日々か?
なんて、本当は分かっている。
いつからなんて、中学校よりも小学校より前、保育園児だった頃の私からだって。
文章が好きなのは、その時からだったから。
だから、間違いはあの時からだったのだ。
幼い頃から私は文章の世界を生きていた。
私が興味を抱くものはいつだって、元を辿れば誰かの文章に理由があって。
誰かの文章を通して見つけた新しい世界を探検する事が、私の生きがいで、生きる意味で、生きる術だった。
そして純粋な私は、その誰かと同じ場所――あるいは同じ線上を歩く事を喜々として望んだ。
私の見ていた誰かには文才があって、それに気がつける私にも当然文才があると。そう本気で思っていて。
私の描く世界は、誰にとっても魅力的で、誰もが真似したいのに、私にしか描けない。そう思い込んでいた。
だけどある日気付かされる。
自分と同じ世界を見ている人なんて、大勢いるのだと。
その日からある時までの日々は、幼い子らしく、眩しくて輝いている努力に満ち溢れていた。
幼い子と言ってもたった数年前の話だが、今の私からすればその数年前の私は酷く世間知らずの幼い子に見えていて。
あの日の無垢さを羨むと同時に、その無垢さを恨んでいた。
だってあの頃は何も考えないまま、自分の世界を創り上げるためだけに全力を使えて。
それだけをやっていても誰にも文句も心配も掛けられなくて。
ただひたすらに楽しくて。
ただひたすらに、自分を信じていた。
だけど。
数年続けたそれは、私の才能不足を照らし出すとともに、如何にもそれが不可能なことであるかのように輝き出すではないか。
しかも、その眩しさに焦がされて、私が私を燃えカスに帰しても、それでも尚その光は明るさを強めるものだから。
もう私は戦線離脱するしかなかった。
だって、
夢は所詮夢で、夢であって、夢でしかなくて、夢なのだから、元より語るようなものでもなければ、目指せるようなものでもないのだ。
…ああ、そうか。そうだったんだ。
あれはただの夢だったんだ。
夢ならば、いつかは醒めなければいけない。
それなら、今がその時だろう。
自分の感情を全て綺麗に丸め込んで、その封印に夢というラベルをつけ。
子供への階段を一段、踏み壊した。
大人の階段を一つ登った私。
そう簡単に大人には近づけたものじゃないというのは、今になってようやく分かることだったのだろう。
ただ、それが分からない私のままだったから。
嫌なら逃げていいのよ。
辛いなら休んでいいのよ。なんて言われたところで、苦しんでいる人にはそんな言葉無価値でしかない。
真に彼らが望むのは「救済」や「寄り添い」なのだから、それをしてやればいいだろう。
なんて、大人に近づいた人の仮面を被って言っていた。
そう、今になって分かるんだ。
あの時は選挙権すら持たない愚かな子供だから、綺麗事だけを吐けるんだと。
綺麗事だけを集めた日々は、それはそれは楽しかった。
おとなになれた、きがしたから。
◇◇◇
あれから数年。
文章を書きたいだなんて、なまじ大人に近づいた私が口にできるはずもなく。
継ぎ接ぎだらけの私はただ、笑って理想の将来像を語った。
誰もが羨むような、将来像を。
――それでも私の心が煩く喚くものだから
文章を書いては生きていけない。生きるためには、何か他の世界を見出さないといけない。
そして、それこそが世界を広げるということで、それこそが私の幸せなのだ。
こう、強く思うことにした。
今でも文章は好きだ。嫌いになることなんて無い。
それは絶対に変わらない。だけど、
私だって地に足をつけて生きていきたいんだ。
ああでも、地に足をつけるって、何だろう。
「現実を見ながら、馬鹿な考えを棄てて社会のために社会を生きること」
教えられた、誰に教えられたわけでもない不正解が、何故か頭にこびり付いていた。
私は思う。
私の身体を蝕み、精神すらも削り取って、それでも尚明日を見せるこれが現実の世界というのなら、線路へ飛び込む夢のほうが、麻縄で首を括る夢の方が、水面下で呼吸する夢の方が、ずっと私の心を救ってくれると。
そして、それを本気で思える程苦手な世界に蹲って、溜息をついている私も誰の救いにもなれないとも。
ああ、そうか。
結局、地に足をつけるって、ただの理想論でしかないんだ。
◇◇◇
将来のため、
電車のドアを通り抜け、改札を後にし、もう一度改札をくぐり、電車に飛び乗り、改札をまた後ろにやる。
そうして歩いたまま着いた学校。
相も変わらず、私の世界のほぼ全てで。
ああ、どうせなら
――全て壊れてしまえばいいのに
そんな思いが私の中で巡っていた。
でも、そんな世界の中で唯一、私を救ってくれる子がいて。
その子は私の創った世界を見て、笑ってくれて。
この子が笑ってくれるなら、私はもう一度文章を書いてみよう。
もう一度初めからやり直してみよう。
そんな淡い希望を生み出してくれたんだ。
私は、見てくれる誰かがいるならきっとやり遂げられる。
この場所で、自分の価値を証明してみせる。
証明してみたい。
そう意気込んで努力をした。しかし、
中学に入って高校へ抜けても、文章で一番手になることは決してなかった。
あの日思った好きだなんて、弱いことを知った。
好きなんて所詮、好きでしかないんだと分かった。
ただ好きだから。好きだから、きっとできる。
これじゃないといけないわけではないけれど、これをやるのが一番心が踊るから。
だから、なんて。
この気持ちのまま夢を語ったなら、それに人生を懸けている人々に失礼になるだろう。
それなら、このまますべて諦めて。
私が尊敬する人々との間には線を引いて。生きていこう。
それがきっと、全ての人にとって意味のある素晴らしい結末なのだと強く信じて。
「理系にいきます」
だから私は文系をやめた。
線を引くため、線を越さないため、線を見ないため、大好きな文章達に別れを告げた。
そんな、高一の春。
手放したものの大きさは図りきれず、訪れる新世界の大きさもまた図りきれなかった。
それでも確かなのは、疑いようもなく、その時の私は、本気でその道を望んでいたということ。
文章を手放すのではなく、数字を愛して数字と生きていきたいと、本心から望んだのだ。
それだけは誰に何を言われようとも変わらない。
私が選ぶ道は必ず、その道でやりたい事を見つけ、逃げる道ではなく、行きたい道として選ばれたものだから。
私は確かに、数字に恋をしたんだ。
しかし、どんなに新世界に期待をし、全てを以てその世界に移住しようとしても、心残りが無くなるわけでない。だから、
それからの日々は酷くつまらないものだった。と、言いたかった。
残念ながら、幸運なことに私は至極普通な平常通りの日々を送っている。
やはり、諦めたくらいで日常が変わるはずがなかった。
そして、変わらず変わった日々は今までに無いくらい気楽で、無邪気で、眩しかった。
諦めたのに変わらない日常に落胆していないというと、嘘になる。
でも、諦めたのに日常が変わらなかった。それなら、そこまでだったのだ。
人生を賭けるほどの覚悟は私にはなかった。それだけなのだ。
◇◇◇
それから私は、理系の道を走る為に小さな障害を一つずつ取り除いていった。
勉強面でも、社会的認識に置いてもだ。
苦手だった計算を何十回やり直し、新しい範囲も復習を怠らず、着実に成績を伸ばしていった。
周囲には自分はやりたいことがあるから理系になるのだと、国語ができる理系はかっこいいから選んだのだと、そう言って周った。
その甲斐あって周りからの認識は確かに姿を変え、私の思考も確かに形を変えた。
それでもまだ、永遠の遠距離恋愛のような気持ちが晴れないままだった。
午前中、人の居ないホームで、線路に飛び込もうとした。
この素晴らしく皮肉な世界と分かれて、永遠に最悪な楽園を生きようと思った。
手を引く誰かに止められなければ、それが現実となっていたはずだった。
電車が眼前を通過していく中、誰にも見せられない酷く塩辛い涙がホームに染みを作っていく。
止めたのは、成長途中のあの冬、優良賞を手にし、文章に溢れた世界を笑顔で生きる私だった。
その純粋な目にこんな結末は嫌だと、悔しさを宿して訴えるその子に、
私だってこんな結末は望んでないんだと言いたくなったその子に、
私には見えない世界を見るその子に、酷く嫉妬した。
やっぱり夢は諦められなかった。
諦めるためにペンを握った。これで最後とするつもりだった。
面白いくらいに時間が過ぎた。
この時間が永遠に続けばいいと、本気で願った。
明日からの学校生活が全てキャンセルされて、私に未来なんてなくて、ただ死ぬことを待つだけの世界で、永遠にこうしていられたらいいのに。
そう思ってしまうくらいにこれが好きなら、別れた時点で、何も手に付かなくなるとか、喉を通らなくなるとか、そういう変化があったら良かったのに。
そんな変化は全く起こらなくて。
それでもこの時間は確かに私にとって大切なものだと、なくてはならないものなんだと、正にこれが生命線なんだと笑ってくるから。
私はまたしつこい未練を持ってしまうんだ。
成れたら良かったな、って。
理系の私にそんな未来は訪れることがないのに!
◇◇◇
未練を消しゴムで擦るように、もうずっと学校に通い続けていた。
もう二度とあんなことを思わないよう、部屋ではひたすらシャーペンを走らせた。
あのままでは生きていけないと理解していた、自分の未来の中。
乗り換えの済んだ列車の中。
私の終着点が、音となり耳に届く。
意思とは関係を持たない体が、その音の意味を理解しているはずだった。
◇◇◇
学校に行くはずだったその足で、電車のドアが開くのを、見て見ぬふりをした。
やりたいと思ったことはすべてやった。だけどそれでも救われない自らの心に、自分が苛立ちを覚えていることにも気がついていた。
そしてその苛立ちを解決する方法が、たった一つしかないその方法が、私の信念を粉砕し、全ての人にとって意味の無い結末を招き入れるそれだということにも、ずっと前から気がついていた。
◇◇◇
この小さな旅行が終わったら、別れるんだ。
何度そう言い聞かせても、それでも私の意地で生まれたあの子達は私の髪を引く。
私が向き合わないと言葉すら発せないその子達が、
もう私の脳裏でしか生きられないのかと問いかけに来る。
どうせ居場所を作ったって、広がる居場所なんて殆どないに等しいのに。
あの子達は私だけの世界では生きていけないと我儘を言う。
私だけが知り、私だけを知る世界では未来なんて望めないなんて夢物語を語る。
あなた達の止まった世界が、緩やかに崩壊をするのを見たくないと願う私が居る。
私は私の中の私と、あなたの中の私と、あの子達の中の私で切り裂かれてしまいそうだった。
◇◇◇
迷った果の結論が、酷く独り善がりな物に見えてきてしまって、未だ、足を動かせなかった。
◇◇◇
遅刻した時、待ってるよ、大丈夫だよ。
そう声を掛けてくれる友ですら、その幸せそうな笑顔が憎く見えていた。
そんな自分が一番、憎くて仕方なかった。
どうせなら罵倒してくれた方が、あなた達のせいにできるから。都合がいいのになぁ。なんて、思ってしまう自分が、
今も昔も、未来でだって、世界で一番嫌いな人だ。
◇◇◇
ずっと昔から、見知らぬ誰かを救いたいという思いが心の奥で燻っていて、しかしその理由が有り得ない程自分勝手なものであることに、身勝手にも苦しんでいた。
◇◇◇
自分の思想など、どうでも良いものなのだと知っていた。
◇◇◇
そんな私に誰かを救える筈もなく、誰かを救う文章を書けないのなら自分はこの世界に生をおくことは出来ないと、分かっている。
◇◇◇
それでも尚私はこの世界で生きていきたいという願いと、この世界で生きていたくないという願いと、それをどちらも否定する心が働いていた。
◇◇◇
視界に映る緑が、酷く艶やかで、もうここが私の知らない土地であるのだということが分かってしまった。
◇◇◇
電車の終着点の気配が、音となり鼓膜を打った。
◇◇◇
逆再生の如く流れる景色はずっと、思いを晴らさないままの形でしかなかった。
◇◇◇
ただ電車に揺られる中、呆然と頭を言葉が巡った。
その言葉を拾っては繋げ、自分を納得させる言葉を作ろうとする。
だけどそれはあまり上手くいかなくて。
こんなところでも、私は才能がないのだと。思い知らされる。
瞬間、急に頭に浮かぶ言葉。
その言葉が、
「理系も文系も、あなたらしいし似合うと思うけど。私は文章を書いているあなたが堪らなく好きなんだよ」
そんな、彼女なりの救済に酷似していて。
私の心臓が雷に打たれたかのように鼓動する。
そう。私は私のまま、私のように私を救う言葉だけを述べれば良いのだ。
それがいつか暗闇で泣き叫ぶ、或いは泣き叫ぶことすらできない誰かの救いに、怒りに、悲しみに、戸惑いに、そして希望に繋がっていくから。
◇◇◇
最終的には誰かを救う為に文章を書いていた。
だけど、
私は別に、誰かを救おうと思って文章を書かなければいけないわけじゃない。
誰も、私の文章を読んで救われる必要はない。
だって救われるのは私じゃないから。
ペンを持った。
新しい原稿は、吐きそうなくらい純潔な言葉が並んだ。
――吐きそうなくらい、綺麗な言葉達だけど。
伝えたいことがあるんだ。
『 正の感情も負の感情も全部あなたの意見で感想だろう。
その意見を持てるということは、あなたはまだ生きているんだ。
ならば生きろ。自分の力で、自分の人生を生きろ。
自分の人生。それが人に流されるものだとしても、それでもいい。
だって、それはあなたが選んだ道だろう。 』
『 流されることでしか見えない景色があるだろう? 』
――少なくとも、私にはあったんだ。
新しい原稿はすぐに埋まった。
今までにないくらい、永遠で、刹那の時間だった。
書き上げた時の達成感は、かつてないほど膨大なものだった。
今、かつての才能不足を埋め尽くすくらい、眩しくて、幸せで、辛い光が、もう少しで伸ばすことすらできなくなる手の先を淡く照らし出している。
その光の先はきっと地獄でしか無い。
だけどその光は、今共にある光よりずっと魅力的だった。
存外私は諦めが悪いようだ。
春に選んだ選択肢に、哀しい別れを告げた。
別に、理系が嫌いになったというわけではない。ただ漠然とした大きな何かが、私の中で何より大切だったというだけで。
「愛せなかった、訳じゃない」
私は確かに、あの未知も愛していた。
同じ世界を見る者がいると思うから駄目なのだ。
同じ感情を抱く者がいると思うから苦しいのだ。
だって、裏切られたという言葉の真相すら、相手に期待していた姿と相手の本来の姿に差異を感じた時、相手が変わったのだと思い込むことで自分を守ろうとする気持ちの有り様だったのだ。
元々私達は違う人間。
似ているだけのほぼ同じ世界を生きる、別の生命体。
私が見ている世界は誰かの異世界で、誰かの見ている世界もまた私の異世界だ。
私はその誰かの異世界を、私なりの歩き方で踏破して見せよう。
誰に何を言われようと、私の世界を私の言葉で形容し尽くして見せよう。
だって思い出したんだ。
閉じ込めていた幼い頃の友達を。
周りに合わせるようにして小さく、黒く、遠くにやっていた彼らを。
私は元々やりたいことがいっぱいあって。
空理空論でも笑顔で語れるような子供だった。
だけどそれを我儘でずっと閉じ込めていたんだ。
だから今更顔向けなんてできないけど、だけどもう一度知人から始めていきたいなって。
思えたんだ。
そしてその為に分かれたあなたには、もう二度と愛を語れないね。
◇◇◇
前なんて向けない。
向けるわけがない。
向きたくもない。
だけど私は、諦めるほどの夢ならば、諦めるのは勿体ないと、強く思うんだ。
だから私は、私に、私の文章を見てくれる誰かに、私を観ていてほしい。
そんな身勝手な承認欲求を、その誰かに満たしてほしい。
ずっと矛盾してきた感情がはっきりした今、私は私で、私の救いを全ての人に贈りたいだけなんだ。
批判が何だ。称賛が何だ。
才能なんて、どこにも必要ない。
私に才能なんて要らない。
必要なのは、自信と少しの言葉だけ。
だってそれさえあれば、知らない何処かの誰かが勝手に私を救ってくれる。
でしょ?
ねえだから、全世界で私を見て。
私の救いを受け取って。
足りなくて、諦めて、
人と共感する為の負の感情すらゴミ箱へ投げる私は、
身勝手なまま、誰かを救いたいから。
お願い。私だけを観ていて。
自己中心的、排他的、それでもなお肯定的な私の文章。
私の気持ちを反映したまま、視覚情報となって連なり続ける。
それがなんでもいい。
怒りでも悲しみでも喜びでも共感でもなんでも、読み手の感情に少しでも干渉できたなら、私の文章の価値が証明されると信じて。
ただ、信じて。
大好きな文章を、ただ、ひたすらに愛していた。
勿論、画面上に連なる文字は私の為の、私だけが望んだ救いの言葉だ。
だけど私はそれでいいと思えた。
自分勝手に書いて誰かを刺激できるなら、それでいいんだ。
ねぇ。
そんな私でもいいですか?
「それでこそ、あなただよ」
「うん、知ってる」
今日もまた、線路へ飛ぶ夢を見た。それでも気持ちは救われなかった。
もう逃げられないのだと悟った。
朝の光で目が焼かれた。吐き気を催すその光に、酷く苦しい安堵を得た。
きっとこれから何度も、同じ事を繰り返していくのだろう。それはいつか、この流れる景色が色褪せる瞬間まで。
飛べない私はペンを握る。今日もまた、明日の世界を生きる為に。
苦しかったんだ。それでも。
――――
◇この作品は誰かの進路に優劣をつける目的で作成されたわけではありません
◇進路を選ぶ際は周りの評価よりご自身の気持ちを優先してください
だから私は理系をやめた 猫墨海月 @nekosumi
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