第17話

羽青は夕食の途中で、何度も何度も「これは夢じゃないか」と思った。


青羽が「猫の世話に行くから」と部屋を出ていったあとは、静かな空間が広がっていた。部屋にひとりきりになって、重たい天井と黒々とした窓を見ると、不安と心細さが少しだけ胸を締めつけた。




だから、ノックの音を聞いたときは、嬉しさが先に立った。胸の奥が少し跳ねるような感覚があり、手にしていた部屋鍵を落としそうになったくらいだ。



「はい」



扉がゆっくりと開き、光の中に浮かび上がったのは、見事に整列した美少女たちだった。腰まで届く滑らかな髪を揃えて、白と黒のクラシカルなメイド服を纏った彼女たちは、まるで絵画から抜け出してきたかのような存在感を放っている。フリルやレースの細部までが光を受けてきらりと光り、足元の黒いストッキングと、程よい高さの白いエプロンのバランスが完璧で、どの角度から見ても隙がない。



「うわー……超絶美少女軍団……」



小声で漏らした感想が、どうやらしっかりと彼女たち――いや、「彼ら」に届いてしまったらしい。彼女たちは一瞬視線をこちらに向け、しかし決して驚きや戸惑いの表情を見せず、微笑みすら浮かべずに、その完璧な均衡を崩さずに立っている。その姿は、まるで機械的にプログラムされた舞踏家のようでありながら、人間らしい柔らかさも失われていなかった。



「羽青様の専属メイドでございます」



一人がゆっくりと前に出て、流れるように頭を下げた。手はきっちりと腰の前で組まれ、背筋は真っ直ぐに伸び、目線は決して上げない。あまりにも綺麗な所作だったため、見ているこちらの方が息を飲むほどだ。その瞬間、部屋全体の空気がぴたりと引き締まったように感じられた。



「すごーい美形ね……あなた? 人間界だったらスーパーアイドル級だよ」



そう呟くと、彼女は一瞬だけ微かに口元を緩め、まるで柔らかい光が差し込むかのように目の端がきらりと光った。しかしその笑みは一瞬で消え、再び完璧な整列を保つ。髪の毛の艶、肌の白さ、指先の細やかな動きまで、すべてが整然としていて、どこを見ても破綻がない。



彼女たちの間には、微かな香水の香りと、清潔なリネンの匂いが漂い、どこか温かみのある空気を作り出している。歩くたびにスカートのフリルがわずかに揺れ、軽やかな音を立てる。その音さえも、まるで音楽に合わせて計算されているかのように美しく、耳に残る。


視線を一人ひとりに移すと、個性の差も感じられた。長い黒髪を一本にまとめた少女、淡い金髪を後ろで結った少女、短い茶色の髪で活発そうな印象を与える少女。服装は統一されているものの、髪型や表情の微妙な違いが、彼女たちをただの美形の集団ではなく、一人ひとりが独立した人格を持つ存在として際立たせている。



そのうちの一人が、羽青に向かって軽く一礼をし、目線を合わせる。黒曜石のように深い瞳は、まるでこちらの心の奥まで見透かすかのようで、ほんのわずかに心臓が跳ねる。手には小さなトレーが載せられており、そこには冷たい飲み物や手作りのお菓子が、まるで絵画のように美しく整列している。



「……すごい。これ、現実なんだろうか……」



心の中で呟くと、もう一人の少女が静かに歩み寄り、羽青の肩のあたりまで来て軽く頭を下げた。その動作に合わせて、ドレスの裾が床に触れ、微かな音を立てる。音の一つひとつが、静かに、しかし確実に部屋の空気を満たしていく。



この美少女たちの存在感は圧倒的で、視界に入るすべてを支配しているかのようだった。肩の力が抜けず、思わず姿勢を正してしまう。だが、圧迫感だけではなく、同時に守られているような安心感も伴う。彼女たちがいるだけで、部屋の空気が整えられ、空間全体が穏やかで清浄なものになっていくのが分かる。



彼女たちが一斉に動き、軽やかなステップで部屋の奥へ進むと、その後ろ姿さえも完璧で美しい。足取りの軽やかさ、髪の揺れ、指先の動き、すべてが精密な調和を保ちながら、生きた彫刻のように見える。羽青は息を飲み、視線を外すことができなかった。



「本当に、ここまで揃うと、もはや芸術の領域……」



小さく呟くと、少女たちは再び一列に整列し、バランスを整えた。その姿はまるで、何世代にも渡って培われた美の伝統を体現するかのようで、圧倒されながらも心地よさを感じずにはいられなかった。



一人が一歩前に出て、流れるように頭を下げた。あまりにも綺麗な所作だった。


「私たちは皆、男子です(笑)」


「……?」


羽青は一瞬、思考が止まった。


「この国は、女子は羽青様と青羽姫様のみ。あとは“男子を捨てた女子男”と、普通の男子で構成されています」


「……でも、どう見ても女の子にしか……」


「私達、“ごにょごにょ”を切りました」


「あ……察し……」


言葉を濁す気遣いに、羽青も察しの良さを発揮して、それ以上は聞かなかった。




***




「では、夕ご飯をお持ちいたします」



美貌美形美少女メイドの声に、羽青は思わず心の中で小さく拍手をした。胸が高鳴る。目の前のテーブルには、これから運ばれる料理への期待がすでに満ちていた。すると、一人の美少女メイドが銀色のトレイを静かに持ち上げ、その表面に映る光が部屋の壁に反射して、さながら光の絨毯のように揺らめいた。



「わーい」



思わず声を漏らし、気持ちを落ち着けるように小さく拍手をした。その瞬間、次々とトレイがテーブルに置かれていく。湯気が白い靄となり、部屋の天井近くまでゆらゆらと昇る。香りは甘く、香ばしく、塩気とスパイスの複雑な混ざり合いで、嗅覚を軽く刺す。



最初に目に入ったのは、透き通るように輝くスープ。淡い琥珀色の液体の中に、緑色のハーブが浮かび、細かく刻まれた野菜が沈んでいる。香りは夏の庭の草木のよう。



続いて運ばれてきたのは、ローストされた肉の盛り合わせ。薄く香ばしく焦げ目がついた鴨肉、ハーブでマリネされた鶏肉、柔らかく煮込まれた牛肉が、銀のトレイの上で整然と並んでいる。それぞれの肉は、繊維の一本一本までが丁寧に調理されており、ナイフを入れれば柔らかくほぐれるのが目に見える。肉汁は輝く琥珀色で、塩と香草の香りが混ざり合って強力だ。



野菜料理も負けてはいなかった。色鮮やかなパプリカやズッキーニ、茄子、トマトが、一口大に切られてオーブンで焼かれ、微かに焦げ目がついている。その香ばしい香りが、肉の重みを和らげる。小さなソース皿には、ベリー系の酸味のソースや、濃厚なクリームソースが添えられており、組み合わせ次第で味わいが無限に変化する。



そして、デザートもまた圧巻だった。小さなカップに入ったクレームブリュレは表面がパリッと焼き上げられ、キャラメルの甘い香りが空気を満たす。フルーツタルトは鮮やかな色彩で、イチゴの赤、ブルーベリーの濃紺、キウイの緑が目に飛び込んでくる。それぞれの果物はみずみずしかった。



メイドたちは、すべてのトレイを揃えた後、きちんと一礼をして立ち止まった。彼女たちの動作は無駄がなく、静かでありながら威厳を感じさせる。手にしたトレイの上で料理は一切揺れず、香りも一定の方向に流れるように調整されているかのようだ。羽青の目の前に置かれた料理の数々は、まるで絵画のように完璧に構成され、眺めるだけでも心が満たされる。



チーズの香り、バターの香り、ハーブの香り……すべてが微妙に混ざり合い、部屋の中に甘く、温かく、官能的な空気を作り出している。目の前のトレイには、蒸気がまだ立ち上るスープ、焼き上げられた肉、色鮮やかな野菜、完璧に整ったデザートが並び、見ているだけで幸福感に満たされる。



「……あれ? お箸とか、フォークとかナイフとかないの?」



羽青の声がわずかに震えた。豪華すぎる料理の数々に圧倒され、手元に道具がないことが少し不安になった。



「大丈夫です。私達が食品を咀嚼し、そのまま羽青様に口移しでお渡しする手筈です」



そう言いながら、メイドたちは軽やかに一歩前に進み、完璧な笑みを浮かべつつ、ひと口ごとに料理を口に含む。芳醇な香りと温かさが、口の中で優雅に広がる。その様子を目にした羽青は、思わず顔を赤らめた。食事を眺めるだけで満たされる感覚と、目の前で行われる優雅な儀式のような光景が、彼女の心を強く揺さぶった。



「……口移し?」


「はい」


「……私、赤ちゃんじゃないんですけど」


「決まりですから」


「……えーやだー……」


逃げようかと一瞬思ったが、次の言葉であっさり心が折れた。


「お食事をキャンセルされる場合は、点滴のご用意がありますわ」


「がーん……」


メイドたちは一糸乱れぬ笑顔を保ったまま、手際よく料理を咀嚼し始める。その様子を眺めながら、羽青は肩を落とした。


「羽青様、あーん」


「……仕方ない……あーん」


口に運ばれた温かいスープは、予想以上にあっさりした味だった。


「どうですか?」


「味、薄い……」


「では、次を……あーん」


二口目は少し濃い味がする。だが――


「あの……なんで舌舐めたり吸ったりするの……?」


「……あ、失礼しました。ふれあいです(笑)」


無垢な笑顔に、羽青はただ頭を抱えるしかなかった。


「……もう、早く帰りたい……」


つぶやきは誰にも聞こえないように、小さな声で部屋に溶けていった。

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