第16話
その頃――
羽青は魔界の少女の後をついて、広い回廊を歩いていた。
「……ね、ところで」
羽青は少し歩幅を早め、少女の隣に並んだ。
「あなたの名前、教えてくれる?」
魔界の少女はちらりと振り返り、小さく笑った。
「青羽よ」
「……ええーっ」
羽青は声をあげて立ち止まった。
「青羽? 私、羽青っていうんだけど……」
青羽も立ち止まると、くすりと肩を揺らす。
「名前が……ひっくり返し、ね」
「ほんとに。親戚かなにか?かな? 顔もそっくりだし」
羽青はじっと青羽の顔を覗き込んだ。
自分と同じ形の輪郭、同じ色の瞳。
ただ、瞳の奥にあるものだけが違った。
どこか冷たく深い湖のようなものが、そこに沈んでいた。
「親戚……」
青羽は少し視線をそらし、廊下の先を見やった。
「どうだろう。血の繋がりは……あるのかもしれないし、ないのかもしれない」
「なにそれ?、謎かけてるの?」
羽青は小さく笑った。
「自分と、そっくりな人がいるってちょっというか?かなり不思議」
「……そう」
青羽は言った。その表情は、どこか寂しげに見えた。
「次の部屋を案内するわ。ついてきて」
「うん」
羽青は歩きながら、もう一度心の中で呟いた。
――青羽。
名前が逆さで、顔がそっくりで。
この人は一体、何者なんだろう?
羽青はその、部屋の中を、静かに見回していた。
広い。天井が高く、柱には銀と黒の装飾が施されている。天蓋のないベッド、深紅のカーテン、大きな鏡。どこか古びた洋館の一室のようで、無機質ながらもどこか重みがある。
「どうかな?」
青羽が背後から問いかけた。「あなたの部屋、ってことでいいと思うけど。気に入らなかったら、他の部屋でもいいよ」
羽青はしばらく黙っていたが、部屋の奥、壁際に寄っていった。
「窓際がいいな。日差しが見える場所がいい」
青羽は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……ごめん。この国、日差さないの」
羽青は振り返って、首をかしげる。
「本当??」
「ずっと。もう十年くらい……それより前は、覚えてないけど。私が知ってる魔界国は、最初からずっと暗いの」
「どうして?」
羽青の問いは素直なものだった。光を失った世界に暮らす人々にとって、その理由は切実なはずなのに、青羽の口調はどこか諦めに似ていた。
「呪われてるの?」つい、言ってしまって羽青は慌てて謝罪する。「御免なさい」
「大丈夫、仕方ない」青羽は軽く笑った。
「私のせいかもね。……よく言われるの。あのときから日が差さなくなったって……」
「“あのとき”って……」
羽青が問いかけると、青羽は一歩窓辺へ進み、カーテンをわずかに開いた。
重たい雲と、鉄のような空が広がっていた。
「……魔導戦争が終わったときよ」
そう言った青羽の瞳には、映らぬ太陽の光を探すような色が浮かんでいた。
羽青は何も言わなかった。ただ、青羽と同じようにその空を見つめていたのだった。
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