第9話
数日後。
白巴菜の寝室は、深夜の静寂に包まれていた。
カーテンの隙間から洩れる月の光が、白いシーツに淡く影を落としている。
その隣で、黒いマントの魔導師はそろそろとベッドに腰をかけ、白巴菜のパジャマの裾を指先でめくった。
「……うーむ、どうしたものか……」
柔らかな布地の下で、寝息は規則正しい。
白巴菜はまだ目を覚まさない。
魔導師は自分の行いにすら半ば呆れながら、そっと小さな手を伸ばした。
滑らかな素肌に指先が触れる。
(これは……魔王様の司令だ……)
心の中で何度も念じる。
ミッション。
一、友好的に接触せよ。
二、できれば好意を引き出せ。
三、魔界の仲間に勧誘せよ。
そのどれもが、現状ではあまりに難題だった。
(……いきなり寝込みを襲って好意など引き出せるのか?)
ゆっくりと指を動かす。
白巴菜の胸元にかけて撫で上げると、わずかに寝息が乱れた。
(起きたら確実にぶっ飛ばされる……)
額に冷たい汗がにじむ。
だが、やらねばならない。
これは命令だ。
「……ミッション……ミッションなのだ……」
小声で言い訳を繰り返しながら、魔導師はそっと白巴菜の頬に触れた。
柔らかな熱。
どこか無垢な寝顔。
「……う……む……」
自分は一体、何をしているのだろう――。
思わず情けないため息がこぼれた。
深夜の寝室は、ゆっくりと流れるような静寂に支配されていた。
その中で、魔導師の手は白巴菜の胸元を行きつ戻りつしていた。
温もりを確かめるように、そして自分に言い訳をするように――。
(これは任務だ。あくまで任務……)
指先に伝わる柔らかな感触が、余計に罪悪感を呼び覚ます。
本当にこれは仕事なのだろうか?と疑問が頭をもたげてきた頃、
白巴菜の唇がわずかに動いた。
「……以外と上手いね」
声がした瞬間、魔導師の全身が凍りついた。
「……起きてました?」
「起きてた」
白巴菜は眠たげな瞳でこちらを見上げ、薄く笑う。
「どうするのかなーって、様子見てたの」
「なぜ……すぐ起きない?」
「ちょっと顔、見たくて、面、外して」
白巴菜の言葉に魔導師は観念し、ゆっくりと顔を覆っていたお面を外した。
月明かりに照らされたその顔は、整った端正な面差しだった。
「……以外、美形じゃん」
「……ありがとうございます」
褒められるとは思わず、低温の声で礼を言う。
「名前と役職は?」
「UK」
一拍置いて、肩を落としながら告げる。
「アンダークラウン」
「アンダークラウン?」
「下級魔導師ってことです」
白巴菜は目を瞬かせたあと、くすりと笑った。
「下っ端じゃん。幸薄そうなサラリーマンってこと?給料も薄そう(笑)」
「……下級魔導師は給与から税金が引かれないので、上級魔導師より高給なんです」
「ふうん」
白巴菜はわざとらしく感心したように頷いた。
「じゃあ、付き合って」
「……?いいの?」
「高給取りで、美形で、マッサージも上手い」
彼女は腕を伸ばし、魔導師の頬にそっと触れた。
「これだけ条件揃ってるんだから、彼氏にしてあげる」
「……なるほど……」
予想外の展開に、UKは小さく息を呑んだ。
「よろしくね、UK」
「……よろしく……」
しばらく二人は見つめ合った。
月明かりはどこまでも穏やかで、無言の契約のように温かかった。
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