第4話
門蔵聡里が羽青の家に住むようになってから、静かな日々が続いていた。
昼間は羽青が学校に行く間、門蔵は部屋で眠り、夕方に羽青が帰るとふたりで食卓を囲んだ。
それから羽青が眠ると、門蔵は一晩中、目を覚ましたままその寝顔を見守った。
──その習慣が生まれたのには理由があった。
あの夜、それは「魔導師事件」と呼ばれる出来事。
あのとき、門蔵聡里はたまたま白巴菜の部屋で休んでいた。
その夜、珍しく白巴菜と羽青は、羽青の部屋の羽青のベッドで姉妹は眠っていた。
二人の寝息が重なり、安堵の気配に満ちた深夜──魔導師は闇に紛れて家へと侵入した。
窓も壁も何の抵抗も示さない。
魔導師が指をひと振りすると、魔導結界が走った。
音も光も気配も切り離され、羽青の部屋は世界から隔絶された。
眠る双子姉妹の傍らに、魔導師の艶めいた甘い吐息をまとった異形。
「なんて美しい……これが神の伴侶か」
魔導師の声は低温。
その目は、ベッドに寄り添う二人の姉妹の白い肌を眼光で絡めた。
羽青は寝息を立てたまま、その気配に薄く眉を寄せた。
白巴菜の方も、まどろみの底でわずかに呻いた。
「……ああ、なんと甘美な。
神の傍らにいる女……」
魔導師の影がゆっくりと羽青に覆いかぶさる。
その影は、白巴菜の方へも延びていった。
魔導師は手を、眠る羽青と白巴菜の足に触れる。
ふたりの意識は深い夢の底に沈んでいたが、感触がゆっくりと感覚を侵し、理性を削り取っていく。
まるで花弁を一枚ずつ剥がすように、魔導師は抵抗を解体し、理性の最後の欠片をもぎ取る。
──理性さえ奪えば、人間は無防備になる。
魔導師の得意とする魔導技。
ベッドのふたりは、瞼を震わせて、浅い呼吸。
魔導師は艶やかな笑みを浮かべた。
「……なんと甘美だ。神に選ばれし者の伴侶と、その血を分けた妹」
すっと指先が宙を切り、ふたりの頬をそろりと撫でる。
その刹那、羽青と白巴菜は同時に目を開いた。
瞳は潤み、頬は紅潮して……。
魔導師は背筋を伸ばし、声を低く響かせた。
「我は魔界の導師である」
白巴菜は瞬きしてから、間延びした声で答えた。
「……は? あんた誰?」
羽青は隣で、目元を擦りながらぼんやりと言った。
「だから魔界の導師って……本人申告だし……そうなんじゃない?」
「おい、小娘」
魔導師の声が苛立ちを帯びる。
白巴菜は眉をひそめて睨んだ。
「女子差別用語!」
「いきなり『おい』とか、失礼じゃない?」
羽青は眠そうに小さく抗議した。
「……私は魔界の導師で……」
白巴菜は気怠げに手を振った。
「さっき聞いたよ」
「魔界って何?」
羽青がつぶやく。
「魔界は……悪魔がいる場所だ」
魔導師は口元を引きつらせながら答えた。
「それで?」
白巴菜は素っ気なく言った。
「……なんか用?」
羽青が問いかけると、魔導師は少し俯き、ため息をついた。
「実は……神の配偶者とはどんな人間かと思って、直接見に来ただけだ」
「こっちの子だよ」
白巴菜は面倒くさそうに羽青を指差した。
「あ、貴方が──」
魔導師は羽青を凝視した。
羽青は片手を上げて、所在なさげに会釈した。
「どもです」
魔導師はしばらく視線を泳がせていたが、やがて口を開いた。
「あの、お二人さん……なんか、濡れてませんか?」
「……何が?」
白巴菜が不機嫌そうに睨んだ。
「雨でも降った?」
羽青が小首を傾げる。
「例えば……」
魔導師は何か言いかけた。
「例えば?」
白巴菜が問い詰める。
「……なんの例え?」
羽青の声が呆れた調子になる。
「下着とか……」
魔導師は小さな声で呟いた。
「普通に着てるけど?」
白巴菜はぴしゃりと返した。
「見たいの?」
羽青が目を細めて魔導師を見上げた。
魔導師は肩を落として項垂れた。
「……だめだこれ」
「なんの話だよ」
白巴菜が吐き捨てた。
「魔導師って変態なの?」
羽青が口元を覆って笑いを堪えた。
「魔導師は魔導師だ。変態じゃない」
魔導師は、か細い声で弁解した。
部屋の空気は、緊張感などどこにもなく、ただ呆れと戸惑いがゆらゆら漂っていた。
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