第49話 派遣戦線異常アリ ― 真壁 vs 水戸 ―

 令和7年、茨城県。


 かつて農業の町として知られた真壁町(現・桜川市)に、本社を構える小さな派遣会社「茨光人材ばっこうじんざい」があった。経営者は元暴走族・成嶋哲也なるしまてつや。ヤンキー上がりだが地元では義理堅く知られ、派遣労働者たちからの信頼も厚い。


 一方、水戸駅北口の高層ビルに本社を構えるのが大手派遣グループ「アサヒスタッフ水戸支社」。こちらは全国展開する巨大資本の傘下。支社長の**大庭誠司おおばせいじ**は元経産省キャリア。数字しか見ない冷酷な経営者で、利益率を上げるためには容赦なく派遣切りも行う。


 その二つの会社の間で、ある「工場派遣の大型契約」を巡って火花が散る。


 場所は古河市にある電子部品工場。年間50億円規模の生産ラインを支えるため、200名以上の派遣が必要とされる。両社はこの案件を巡って、労働者の“奪い合い”に突入していた。



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「うちの送迎バスは冷房つきだぞ。Wi-Fiも飛んでっからよ!」


 茨光人材の営業・杉浦拓海が、早朝の真壁町役場前で怒鳴る。目の前には、水戸から乗り込んできたアサヒスタッフのスーツ集団。彼らは「勤務初月ボーナス3万円」「昼飯代支給」などを掲げ、若者たちを引き抜いていく。


 両社の営業は深夜のコンビニ前、駅のロータリー、果てはハローワークの駐車場でもバッティングし、小競り合いを繰り返していた。


 だが、ある朝―― 茨光人材の送迎バスが焼かれた。


 フロントガラスには、油性マジックでこう書かれていた。


> 「地方の分際で、都会に勝てると思うな」


 成嶋は激怒した。 そして、仲間たちにこう言った。


「これはもう“仕事”じゃねえ。“戦争”だ」



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 成嶋は真壁中の若者、元ヤン、引きこもり、工場帰りの派遣たちを集めて演説した。


> 「水戸のエリートどもに、茨城の底力ってやつを見せてやろうぜ」


 一方、アサヒスタッフ側も黙ってはいなかった。水戸駅南の倉庫街に“登録センター”を臨時開設し、大量動員を開始。


 両者は、ついに**求人誌とSNSを武器にした「デジタル抗争」**に突入。 求人詐欺、バラまかれる悪評、匿名掲示板の“ステマ戦争”――


 さらに水戸側は、地元警察とつながる幹部を使い、真壁の送迎車両の違法改造を密告し始める。



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 7月某日、古河の電子工場にて。 派遣元を問わず、現場の人間だけを対象に「現場力審査」という名のテストが行われた。


 最終面接の内容は、地獄の三交代、異常なライン速度、そして「誰が最も早く・黙って働けるか」。


 だが、現場の作業員たち――特に茨光人材の男たちは、団結してこう言った。


> 「誰が早く働けるかなんて、どうでもいい。 誰が“仲間”を見捨てないか。それがこの仕事の本当の力だ」


 その姿を見た古河工場の工場長が、ひと言。


> 「契約は、真壁にする」


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 水戸本社にて、敗北を報告された大庭はつぶやいた。


「……感情で動く人間は、いつか資本に潰される」


 だが、彼の側近は見ていた。成嶋の派遣たちが、炎天下の中でも笑って働いている姿を。仲間の弁当を分け合い、弱い者をかばって動いている姿を。


 真壁の勝利は、一つの契約だけではなかった。  それは、「労働」という言葉が失っていた人間の誇りを、もう一度取り戻す物語だった。





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茨の道 8万文字以上 鷹山トシキ @1982

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