第44話 鉄の檻 ― 古河自動車工場 派遣地獄篇 ―

 茨城県古河市。

 利根川のほとりに広がる灰色のコンビナート群。その奥にそびえるのが、KJモビリティ古河製造所。通称「地獄門じごくもん」。


 その門をくぐるのは、毎朝午前6時ちょうど。

 派遣会社を通して送り込まれた男女――20代から50代、失業者、元自営業、生活困窮者、過去を持つ者――そんな「選ばれなかった者たち」が、バスに押し込まれて流れ着く。


 現場では、社員たちが派遣をこう呼ぶ。


 >「おい、“鶏”どもが来たぞ」

 >「こいつら、首切られたら卵も産めねえくせに、よく鳴くよな」

 >「こいつ、“ひよこ”で入ってもう5年も居る。立派な廃鶏はいけいだ」


 その呼び名は、作業着の色から始まった。正社員は青。協力会社社員は白。派遣は黄色。

 「黄色=ひよこ」と揶揄され、やがては“鶏”や“羽無し”といった陰口が常態化していた。


 浦野勇吉も、その一人だった。



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 ライン27番・組立第3課。

 15秒に1台のペースで流れるシャシーに、ひたすらナットを締め続ける。

 「1日800回の“同じ動き”を10時間やれば、誰だって脳が焼ける」と浦野は言う。だが、やめる自由すらなかった。


 課長の高浜が怒鳴る。


 「おい、“鶏3号”! 遅ぇぞ、お前だけタイム1.2倍だ! どうせ人間じゃねえんだ、止まるなよ!」


 浦野は反射的に「すみません」と答える。怒られているのは“3号”だが、それが自分のことだと、体が覚えていた。


 休憩室は陰鬱な空気に包まれている。

 椅子が足りず、座れない派遣たちは床にしゃがむしかない。


 「お前、どこ出身?」

 新入りの青年に、浦野が訊く。


 「仙台です。会社潰れて……ここに」


 「そうか……ここは“復活”するところじゃねえぞ。“消える”場所だ」


 その言葉を、誰も笑わなかった。



---


 ある夜。

 工場敷地内で、1人の派遣が突如姿を消した。寮にも戻っていなかった。


 「……“解体された鶏”がまた一羽、ってことだな」


 誰かがそう呟いた。冗談ではなかった。KJモビリティには、月に一度「自然離職者」が必ず出ると噂されていた。



---


 浦野勇吉はその夜、独り言のようにノートにこう書いた。


 >「ここは人間を“パーツ”に変える場所だ。

 > だけど俺は、最後まで“名前”で呼ばれたい」




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