第43話 境の工場 ― 浦野勇吉、挫折の朝 ―
雨上がりの朝。境町の外れに建つ、巨大な食品工場――境フーズ株式会社の門が、冷たい金属音とともに開いた。
「おい、あんた何歳だ?」
受付でまず放たれたのは、冷ややかな声だった。
「は、はい……三十七になります。今日からお世話に――」
「年齢制限、見てなかったのか? 新卒向けの“研修入社式”だ。場違いも甚だしいな」
だが、既に送り出された通知には“年齢不問”の文字があった。浦野は喉を鳴らしながら、口を開こうとする。
「こっちだ」
強引に誘導され、簡易ホールに押し込まれる。そこにはピシッとしたスーツに身を包んだ若者たちが、緊張しながら座っていた。彼の存在だけが浮いていた。
数分後、壇上に現れた人事課長・**
「……本日から、君たちは境フーズの一員だ。ただし、“適正を欠く者”は今日この場で退場となる」
佐伯の視線が、じりじりと浦野に向けられた。
「そこの君、立て」
浦野は反射的に立ち上がる。
「名を言え」
「……う、浦野勇吉です」
「浦野? 聞いてないな。どこで間違って紛れ込んだ? どうせそのへんの斡旋業者だろ。書類を偽造でもしたのか?」
「ち、違います! 書類は正規ルートで――」
「黙れ」
怒鳴り声がホールに響いた。若者たちは一斉に浦野を見た。
「身なり、態度、発声、すべて“現代企業”に不適格。こんな昭和の成れの果てを入れるほど、うちは慈善事業じゃない」
浦野の手から履歴書が滑り落ち、ぺたりと床に貼りつく。
「荷物をまとめて、今すぐ出ていけ。人間として“入社”以前の問題だ」
浦野は、何かを言いかけたが、口が動かなかった。視線だけが、壇上の佐伯と、前を向いたままの若者たちの背中を行き来していた。
数分後。
門の外、空は再び曇り始めていた。浦野は缶コーヒーを握りしめ、握力だけが自分の存在を証明するように震えていた。
「……俺は、そんなにダメかよ……」
吐き捨てるように呟いた声を、雨風だけが聞いていた。
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