第41話 黒記録

 佐貫殺害事件の真相を追う一方で、強志たちの住む茨城には、かつてない“異変”が起きはじめていた。


 ――ある晩、結城市郊外の農道。


 深い霧の中、ひとりの男が現れた。ボロボロの陣羽織を羽織り、右手には大小二本の刀。額には裂けた傷、目はぎらつき、口元には血のような朱がにじんでいる。

 その名は荒木又右衛門。江戸初期の剣豪。かつての“鍵屋の辻の決闘”から姿を消して以降、行方知れずとされていたその剣士が、なぜか今、現代の茨城に――。


「ここが……水戸か」


 また別の夜、ひたちなか市の海岸沿いに打ち上げられた巨体が、呻き声とともに身を起こす。

 それは鬼熊丸。鎌倉時代の異形の浪人で、戦場で百人を切ったという伝説を持つ、全身傷だらけの怪物だった。彼の背には、動物の頭蓋骨のような面が括られ、腕には鎖と鉄球。

 彼もまた、目を細めてつぶやいた。


「……懐かしき匂いだ、水戸殿よ」


 さらには、筑波山の山中から、数百年も封印されていたという妖狐・九尾ノ影が目を覚ました。赤い目、艶やかな銀の尾が夜風に舞う。

 そしてその背後には、剣聖・塚原卜伝の亡霊のような姿がふわりと佇んでいた。


 「この地に、“時”が集まり始めた。……あの男が再び“記録”を求めて動き出すのか」


 そう――この奇怪な現象の中心にいたのは、かの水戸光圀公であった。

 黄門様として知られるその男は、死してなお“記憶の文庫”にその魂を封じられ、茨城の地を護る“記録の番人”となっていた。


 しかし近年、社会の歪みと理不尽な暴力、若者たちの心の喪失によって、記憶の文庫は揺らぎはじめ、封印が緩んだ。

 光圀の力は弱まりつつある――そこで、時を越えて集う剣豪、怪異、武士たちに“新たなる水戸の章”が託されることになったのだ。



---


 ある日、強志の前に現れたのは、和服姿に刀を差した一人の男だった。


 「強志殿。余の名は、水戸光圀……この地に蠢く“暴力の因果”を断ち切るため、そなたの“物語”の力を借りたい」


 「……は?」


 「時は再び交錯し、かつての記録は現代に刻まれようとしている。我ら剣士の魂が求めるものは、真の“裁き”と“記録”。その筆を執る資格があるのは、そなたしかおらぬ」


 突如として、強志は“物語の中心”へと引き込まれていく。

 山内哲也の死も、豚熊の行方も、五霞の事件も、すべては“記録”を乱す何者かの仕業。

 光圀が言う、「黒記録くろきろく」という存在が暗躍しているのだという。



---


 数日後、水戸の偕楽園にて、異形の者たちが一堂に会する。


荒木又右衛門


鬼熊丸


九尾ノ影


塚原卜伝の幽魂


そして、若き記録者・小池強志



 彼らは、かつてない“新しい水戸藩”を結成する。名付けて――


《茨城記録維新隊》


 その使命はただ一つ。

 「理不尽な暴力と社会の闇に“記録”という剣で裁きを下す」こと。


 強志は、剣を持たずして戦う“記録の剣士”として、物語と真実を紡ぐ旅に出る。


 その最初の敵は――記憶を喰らう存在、《黒記録使い・羅生門影真》であった。

 羅生門は、強志たちの過去を書き換え、未来を奪う“黒い日記”を操る異能者。

 だが、強志のペンは止まらなかった。



---


 「俺は書く。全てを、真実のままに。

  お前らがどんなに記憶をねじ曲げても、俺の記録は、誰にも奪わせねぇ!」


 記録は、剣となる。

 物語は、魂となる。

 新たなる茨城維新の幕が、今――上がろうとしていた。


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