第40話 手紙
高倉健太郎の逮捕は、常総学院に激震をもたらした。
放課後、E組の教室には重い沈黙が漂っていた。誰もが信じられないという顔をしていた。高倉はクラスのムードメーカーだった。明るく、どこか憎めない性格で、教師にも生徒にも好かれていた。そんな彼が――佐貫先生を殺した?
強志もまた、言葉を失っていた。
「健太郎が……」
犬上がつぶやいた。「あり得ねぇよ……。あいつ、そんなことする奴じゃねぇ……」
しかし、現実は非情だった。高倉が逮捕されたのは、事件現場近くに残された弓道部のジャージ、そして殺害に使用された矢――佐貫の所持していた試合用の特注品――が高倉のロッカーから見つかったからだった。
その夜、強志は居間のソファでテレビを眺めながら、父・剛毅と対面した。剛毅は刑事らしい鋭い目で強志を見つめていたが、すぐに顔を伏せ、ため息をついた。
「……言い訳は、なかったよ」
剛毅は静かに語った。「『やっちまった』って。それだけだった」
「なぜ……高倉は、殺すほど憎んでたのか?」
「いや、違う」剛毅は首を振った。「憎しみじゃない。虚無だ。“誰でもよかった”に近い……だが、やるなら“自分に指図してきたやつ”がいい。そう思ったらしい」
その言葉に、強志の背中を冷たい汗が伝った。
「無意味な暴力……またか」
思わず吐き出すように言うと、剛毅の表情が僅かに揺れた。
「お前、何か知ってるのか?」
「いや……ただの感覚だよ。ずっと感じてるんだ。何かが動いてる。中学のときから……俺たちは、ずっとそれに触れてきた」
沈黙が流れた。テレビではまだ五霞の障害者暴行事件の続報を伝えていた。加害者は特定されておらず、近隣の高校生グループが関与している可能性が高いとのことだった。
その夜、強志は自室でノートを開き、ペンを走らせた。
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《記録/暴力の連鎖》
山内哲也の死(未解決)
豚熊の失踪(不明)
五霞の障害者暴行(犯人不明)
佐貫殺害(犯人:高倉健太郎)
共通項:暴力の「理由のなさ」
→ 意図なき暴力、対象は弱者・権威・孤立者。
→ 中心にあるのは、「無関心」か、それとも「意志なき破壊衝動」か。
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強志は唇を噛んだ。この連鎖は偶然ではない。何者かが――あるいは何かが、背後で糸を引いている。
翌朝、強志と犬上は、校門で一人の女生徒に呼び止められた。彼女の名は斎藤沙耶。弓道部のマネージャーで、高倉と佐貫の両方をよく知る人物だった。
「ちょっと、話があります。……佐貫先生、死ぬ前に“手紙”を残してたかもしれないんです」
強志の目が鋭くなった。「手紙……? 誰に?」
沙耶は、声を絞り出すように言った。
「“自分が殺されるかもしれない”って……高倉くん宛だったかもって、噂があるんです」
犬上が息を呑む。
「だったら――その手紙が見つかれば、健太郎の本当の動機がわかるかもしれない」
強志の“物語”は、いよいよ核心に近づきつつあった。
暴力の連鎖、その“はじまり”を知るために。
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