第37話 不自由な社会

 2000年5月。佐貫先生の死は、強志たち常総学院の生徒たちに大きな衝撃を与えただけでなく、彼らの生活圏にも直接的な影響を及ぼした。特に、県外への移動に関しては、これまでになかった厳しい制約が課せられることになったのだ。


 県外移動の厳格化

 佐貫先生が霞ヶ浦で遺体となって発見された事件は、当初、地元の不良グループ間の抗争に巻き込まれた可能性も囁かれたが、警察は公式には事件性を強く否定し、事故死として処理しようとしているようだった。しかし、その裏で、県警と学校、さらには教育委員会まで巻き込んだ、水面下の動きが活発化していた。

 その結果として発令されたのが、生徒たちの県外移動の厳格化だった。

「佐貫先生の件を受け、生徒諸君の安全を確保するため、当面の間、県外への外出は原則禁止とする。やむを得ない事情がある場合は、保護者の同意書に加え、事前申請と学校の許可を必須とする。無許可での県外移動が発覚した場合は、厳重な処分を下す」

 朝礼で、校長が読み上げた声明は、生徒たちに大きな動揺を与えた。これまで、休日に友人と連れ立って都内のライブハウスに行ったり、隣県のショッピングモールに出かけたりすることは、ごく当たり前の行為だった。それが、突然、全面禁止になったのだ。

 強志は、この決定に強い憤りを覚えた。佐貫先生の死の真相は曖昧なままだというのに、その結果として、なぜ自分たちの自由が奪われなければならないのか。これは、まるで、あの毛髪検査や持ち物検査の延長線上にある、「管理」の強化だと感じた。


「霞ヶ浦レクイエム」の影

 強志の脳裏には、土浦で彼らを煽り、侮辱した「霞ヶ浦レクイエム」の連中の顔がちらついた。佐貫先生の死が事故だとされる中で、彼らの存在が公になることはない。しかし、強志は、佐貫先生が彼らの違法行為を巡って命を落とした可能性を捨てきれずにいた。そして、その真相が闇に葬られることで、自分たちの「自由」が奪われているのだとしたら、これほど理不尽なことはない。

 犬上もまた、この決定に納得がいかない様子だった。

「マジかよ……これじゃ、どこにも行けねぇじゃんか」犬上が苛立ちを隠せない。

 強志は、この閉塞感が、そのまま自分の物語に繋がるテーマだと感じていた。社会の不条理、抑圧された自由、そして、その中で足掻く個人の姿。彼が書こうとしているのは、まさにそうした青春の痛みだった。県外に出られないという物理的な制約は、彼自身の心の中の「自由」への渇望を、より一層掻き立てる結果となった。

 強志のノートには、この日、「閉ざされた国境線」という新たな見出しが加えられた。彼の物語は、ますますその深みを増していくことになる。


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