第30話 沖縄で覚醒

 犬上との会話は、強志の心に温かい火を灯した。ハリケーンGXは犬上の手によって見違えるように直され、強志も再びペダルを漕ぐ気力を取り戻していた。赤堀やゾッキーとの因縁はまだ解決していないが、それでも前を向く強志の中に、確実に変化が生まれていた。

 そんな折、高校生活最大のイベントである沖縄への修学旅行が目前に迫っていた。

 飛行機が那覇空港に着陸し、強志たちは沖縄の強い日差しと潮風に包まれた。美ら海水族館の巨大なジンベイザメ、首里城の鮮やかな朱色、そして何よりも青く透き通る沖縄の海。すべてが新鮮で、強志の心を洗い流していくようだった。夜には、ホテルで民謡ショーが催され、三線の音色と陽気な歌声が響き渡る。強志は、この平和な時間が永遠に続けばいいとさえ思った。

 しかし、その願いは、あっけなく打ち砕かれる。

 修学旅行三日目、平和祈念公園を訪れた強志たちは、公園の奥にあるガマ(自然洞窟)を見学することになった。ガイドの説明を聞きながら、薄暗いガマの奥へと進んでいく。ひんやりとした空気が肌を刺し、戦争の悲惨さを物語るかのように、重苦しい静寂が空間を支配していた。

 その時だった。

「伏せろ!」

 先頭を歩いていた教師の叫び声が、ガマの中に響き渡った。同時に、ガマの入り口付近から、甲高い銃声が響き渡る。

「敵襲だ!伏せろ!」

 次々と銃声が鳴り響き、生徒たちの悲鳴がガマの中にこだました。強志たちは身をかがめ、暗闇の中で互いに身を寄せ合う。外からは、沖縄の伝統衣装を身につけた不審な集団が、日本刀やライフルを構え、ガマの中に突入してくるのが見えた。彼らの顔は、白い面布で覆われ、目だけが不気味に光っていた。

「ぐっ……!まさか、沖縄まで……!」

 強志は、息を呑んだ。あの「坂東クーデター」で噂された、「坂東解放戦線」ではないのか?なぜ、こんな場所で、彼らが武装しているのか?

 銃声と悲鳴が入り混じる中、強志はガマの奥へと逃げ込んだ。その時、犬上が叫んだ。「強志、こっちだ!」犬上は、ガマの壁に小さな隙間を見つけ、そこから身をねじ込んでいく。強志も続いてその隙間に入り込んだ。狭い通路を這い進むと、そこは外へと通じる別の出口だった。

 ガマから這い出た強志と犬上の目に飛び込んできたのは、驚くべき光景だった。広大な公園の一角で、武装集団と警備員、そして一部の教師たちが乱闘を繰り広げている。上空には、報道ヘリの音がけたたましく響き、平和なはずの公園が、一瞬にして戦場と化していた。

 その夜、ホテルの一室で、強志は膝を抱えていた。銃声、悲鳴、そして目の前で繰り広げられた暴力。沖縄の美しい景色とは裏腹に、彼の心には暗い影が落ちていた。なぜ、平和な沖縄で、こんなことが起きるのか?あの男たちは一体何者なのか?

 彼の脳裏をよぎるのは、土浦での屈辱、赤堀との因縁、そして南栗橋での「坂東クーデター」と称されたデモ。これまで経験してきた理不尽な暴力と、今回の事件が、まるで一本の線で繋がっているような気がした。

 ふと、強志はホテルの部屋に置かれていた観光案内のパンフレットに目をやった。そこには、沖縄の歴史や文化、そして人々の生活が丁寧に記されている。強志は、これまで自分が体験してきた出来事を、この沖縄で感じた平和への切望を、そして人々の心の奥底に潜む闇を、言葉で表現したいと強く思った。

 ペンを握った。これまで漠然と抱いていた「表現したい」という衝動が、明確な形となって彼の中で芽生えた。それは、自分が見てきた理不尽や葛藤、そして希望を、誰かに伝えたいという強い願いだった。

 強志は、作家になるという、新たな夢を抱いた。この混沌とした世界で、自分の言葉で真実を紡ぎ、人々を動かす力を持ちたい。そのために、まずは、目の前で起こっているこの全てを、自分の言葉で記録しようと決めた。

 

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