第19話 目障りだ、死ね

 鹿島の夜は、潮風に混じって血と煙草の匂いが漂う。


 俺の名は九条蓮司。元刑事、今は私立探偵。

 あの女に出会ったのは、三日前の深夜。事務所のドアをノックもせずに開けたのは、赤いコートを羽織った女だった。


 「…あたしの兄を殺した奴を探して」


 差し出された写真。血まみれの兄と、その隣に写ったサングラスの男。背後には黒塗りの高級車。ナンバープレートは外されていたが、見覚えがあった。

 神栖の「諸星組」だ。


 「無理だな。奴らはただのヤクザじゃない。死にたくなけりゃ、今すぐ帰るんだな」


 女は微笑んだ。「あんた、怖いのね」

 怖くないわけがない。この港で諸星に関わった奴は、皆“いなくなる”。

 それでも、俺は動いた。



---


 三日後、波止場の倉庫。


 諸星の手下どもを殴り倒し、俺は奥の部屋に踏み込んだ。

 いた。奴だ。サングラスをかけた男。右手に鎖鎌を持ち、悠然と椅子に座っていた。


 「よぉ、九条。生きてたのか。てっきり死んだと思ってたぜ」


 「お前が殺した女の兄の恨みだ。地獄で詫びろ」


 サングラスの奥で目が笑った。そして奴は立ち上がり、こう言った。


 「――目障りだ、死ね」


 その言葉と同時に、鎖鎌がうなりを上げた。だが遅い。

 俺の拳銃が火を噴いた。


 銃声が一発、海に響いた。

 サングラスの男は胸を押さえ、にやりと笑い、ゆっくりと崩れ落ちた。



---


 事件は終わった。だが女はもう姿を消していた。

 ただ、机の上に一枚のメモだけが残されていた。


 >「目障りなのは、あんたもよ。だけど、もう少し見ていたい気がした――S」


 風が、煙草の煙をさらっていく。

 俺は港を背に歩き出した。

 夜は、まだ終わらない。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る