第11話 パソコン部

――1998年、秋。常総学園高校。


 反省文を出さずに無言を貫いたまま、特別指導室で数日を過ごした小池強志は、担任の佐貫から“内申書に傷がつく”と脅されながらも、一切表情を変えなかった。


だが、ある日――


「小池、部活入れ。居場所を作れ。さもなくば補導だ」


その圧力に対し、強志は適当に選んだようなフリをしてこう言った。


「……パソコン部で」



---


当時のパソコン部は、校舎の隅、旧理科準備室を改装したような薄暗い部屋にあった。窓際には、当時まだ現役だったWindows 95のデスクトップが3台。ネット環境は、ISDN回線による低速接続。だが、そこにはひとりだけ異質な先輩がいた。


2年生・三雲みくも慎吾。


太ったメガネの少年で、口数は少なく、昼食も教室ではなくこの部室で取る。強志が入部してすぐ、彼は無表情でこう言った。


「小池。UNIXって知ってるか?」


「……なんだそれ」


「世界を見たきゃ、コマンドで動けるようになれ」


それがすべての始まりだった。



---


2ヶ月後。


小池は、Linuxのインストールから始まり、HTMLの書き方、FTP通信、Telnet、そしてバイナリエディタの使い方まで学んだ。ある日、三雲がふと出した一言が転機となる。


「なあ小池。学校の成績ファイル、アクセスしてみたくないか?」


「……できんのか、それ」


「俺はできる。お前もすぐできるようになる」


その夜、ふたりは部室に残り、Netscape Navigatorを使って、学校のイントラネットに接続。小池は初めて、パスワードクラッキングという概念に触れた。


「このスクリプト使えば、担任のID抜ける」


 数分後、強志の目の前に、担任・佐貫のメール画面が開かれた。そこには保護者への連絡、内申点の調整、そして“問題児”のリストが記録されていた。


そのなかに、自分の名前を見つけた。


【小池強志:部垂出身。情緒不安定。進学困難。要監視。】


強志の拳がゆっくりと握られた。


「三雲先輩……このリスト、コピーして保存していいですか?」


「もちろん。だが、何に使うかはお前次第だ」



---


その晩、小池はコピーしたファイルをフロッピーに保存し、さらにUSBモデムを使ってとある匿名掲示板にアップロードした。


タイトル:

「常総学園の教員による“生徒差別”の実態」


投稿は静かに広まり、ネット界隈の一部で“地方校の闇”として話題になりはじめた。


担任・佐貫は翌月、教頭室に呼ばれ、事情聴取を受ける。


小池は、その一部始終を冷めた目で見つめていた。



---


> その年の冬、小池は「ナイフ」と「カメラ」に加え、

“コード”という第三の武器を手に入れた。




彼の記録者としての目は、もはや渋谷だけを見ていなかった。


次に狙うのは、“教育”という名の支配構造。


そして、彼が仕掛ける復讐の第二幕が、ゆっくりと立ち上がろうとしていた――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る