第8話 戦う理由
――1997年、春の終わり。
常総にある県立高校に進学した小池強志は、毎朝、常磐線を乗り継いで通学していた。新しい制服、新しいクラス、新しい空気。でも、背中に貼りつくのは変わらない――「部垂出身」というレッテルだった。
「おい、あいつ部垂だってよ。まだ石油ストーブ使ってんじゃね?」
「マジかよ、洗濯板で服洗ってそうw」
休み時間、強志は廊下の隅でうつむいていた。昼メシの焼きそばパンを片手に、ゲームボーイの電源を入れる。『ポケットモンスター 赤』。ピカチュウではない、ヒトカゲを選んだ自分の旅が、ようやくタマムシシティに差しかかっていた。
「……あとひとつ、バッジ取れば四天王行ける」
ゲームの中では、強志は誰にもバカにされない。ポケモンたちは命を賭けて彼の指示を信じ、戦ってくれる。
だが、その日、悲劇は突然訪れた。
「なにやってんのよ、あんた!」
帰宅後、畳の上にランドセルの名残を引きずるようにゲームボーイを置いた瞬間、母親が血相を変えて立っていた。手には、学校からの封筒。
「授業中にゲームやってたって、担任の先生から電話きたわよ!」
「ち、違うよ! 授業終わってから――」
「言い訳はいいから! 没収!」
バッと奪い取られるゲームボーイ。赤いカセットが、無造作にテーブルに投げられる。ヒトカゲの顔が一瞬、液晶の奥で消える。
「なんで……」
声がかすれた。目の奥が熱かった。ここでも、自由じゃなかった。渋谷でもない、教室でもない、自分の部屋すら、強志の居場所ではなかった。
夜、こっそり押し入れの奥から、例のナイフの包みを取り出した。
蛍光灯の下で光る刃。それを見つめながら、強志はひとりつぶやいた。
「だったら……どこなら、俺はいてもいいんだよ……」
部垂の町では誰にも必要とされず、常総では見下され、家でも叱られる。そんな場所をひとつひとつ捨てて、彼の心はゆっくりと「戦う理由」を探し始めていた――。
そして数日後、小池強志は、学校を休んで再び渋谷へと向かう。
ナイフをバッグに入れ、カメラを首にかけて。
もう一度、あの交差点の“真ん中”に立つために――。
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