第7話  渋谷

 ――1998年、春の渋谷。


「チョベリバ」と「MK5」が飛び交うスクランブル交差点。コギャルたちは厚底ブーツでアスファルトを踏みしめ、ヴィジュアル系バンドのフライヤーが風に舞っていた。街角では女子高生たちがプリクラ帳を交換し、レンズ付きフィルムで今日も「盛れた」笑顔を撮りあっている。


その雑踏のなか、小池強志は一人、道玄坂の裏路地にいた。彼の手には、先日中古カメラ店で買ったオリンパスのコンパクトカメラ。そしてもうひとつ、小さな紙袋。


袋の中には、細身のナイフが入っていた。


「どうする気?それ」


声をかけてきたのは、渋谷センター街で知り合った同い年の少女・千秋。髪にはラメスプレー、制服のスカートは膝上20センチ。胸元にはポケベルが光っていた。


「別に、護身用。最近さ、チーマーとかヤバいって聞くし」


「……あんた、ホントに使う気あるの?」


強志は答えなかった。ただ、ふと見上げたビジョンに映るGLAYのMVと、ヴィジュアル系バンドを真似た同級生たちの顔が交錯する。中学時代、彼は何度も「部垂の雑魚」と呼ばれ、教室では机に彫刻刀で“死ね”と刻まれたこともあった。


だが、渋谷は違った。誰も彼を知らない。誰も彼に期待しない。


「俺さ……変わりたいんだよ」


その言葉に千秋はちょっとだけ笑った。「じゃあまず、そのカメラで何か残してみなよ。ナイフじゃなくて、あんたの目でさ。」


強志はナイフをポケットにしまい、カメラのファインダーを覗いた。レンズの先には、笑い合うコギャルたち、ギターケースを抱えたバンドマン、ポケベルを見ながら電話ボックスに走る女子高生。すべてが、90年代の光でキラキラしていた。


シャッターを切るたび、小池強志の心の中で何かが変わり始めていた――。


> ※その後、小池は文化祭で渋谷の写真を展示し、「部垂出身のチョベリグカメラマン」として注目を浴びることになる。だが、ナイフは、まだ彼の部屋の机の引き出しに静かに眠っていた……。




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