第42話思い出されるうっかりミス

「……社長、昨日の夜、金庫に封筒を戻したとおっしゃってましたが、

そのあと“カチッ”とロックする音……覚えてますか?」


 


ミナの問いかけに、草間社長は目をパチパチと瞬かせた。

会議室で行われていた聞き取りは、すでに佳境に入っていた。


 


「いや……うーん、確かに金庫は閉めましたが……疲れていたので……ロックは……したような……」


「しましたか?」


「……したような……」


「“したような”2回言いましたよね?」


「え、あ、しましたっけ?」


 


ミナは冷静にメモを取りながらつぶやいた。


「……やっぱり、“未ロック説”が濃厚ですね」


 


マヨイはテーブルを軽く叩いた。


「つまり、事件の真相はこうじゃ!」


とたんに立ち上がり、手を双眼鏡のようにして室内を見回す。


 


「その夜、社長は封筒を金庫に入れた──が、ロックし忘れていた!

翌朝、偶然通りかかった社員が金庫の扉が半開きなのを見つけ、

“あれ? 何か重要っぽい封筒あるぞ?”と興味本位で中身を見た!」


「すごいぞマヨイさん! 推理っぽいぞ! ……って思わせといて、また迷走するんですよね、きっと」


 


マヨイはなおも勢いを止めず、続けた。


「その人物が“社長のネタが予想以上にお寒い”と確信し、

笑いを取るために社内LINEで一部を流す。

その結果、封筒は“笑われるより、笑わせる存在”として生まれ変わったのじゃ!」


 


「もうなんか、ギャグに人格芽生えてません?」


 


草間社長は、目を細めて天井を見つめていた。

何かを思い出すように。


 


「……思い出しました。

金庫、閉めた後、ロックの音……たぶん、しなかったかもしれません。

いや、してないです。……あぁああ……!」


 


「社長、今さら後悔しても、封筒は空を舞ってますよ。主にLINEの空ですけど」


 


「いや……でも、皆が笑ってくれたなら……それで、よかったのかもしれないな……」


草間社長の目が潤んでいた。

もはやギャグを超えて、人間ドラマが始まりそうな勢いである。


 


「うむ……この事件、“無自覚うっかりミス型情報流出コント事件”として、

迷探偵の記録に加えておこう!」


「やっぱり事件名のクセがすごい!」


 


だが、真犯人は“誰が封筒を社内で出したか”という点ではまだ判明していない。

次なる焦点は──「封筒を社長の机に戻したのは誰か」だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る