第26話現場に残されたもの

翌朝。晴れ渡る空の下、マヨイとミナは依頼人・草野絵美の家を訪れていた。


「ここが、ポチがいなくなった庭です」


絵美が指さしたのは、白い木製フェンスに囲まれた、整った芝の庭。

隅には犬小屋があり、そばに倒れた水皿と、地面に落ちた首輪がひとつ。


「ふむ……これは見事な“現場”じゃな……!」


マヨイは目を輝かせながら四つん這いになり、芝生に顔を近づける。


「……わん……くんくん……これは……“犬臭”じゃな……!」


「犬の庭なんだから、犬臭するの当たり前でしょ!!」


ミナが即ツッコミを入れる。


 

「で、これがポチの首輪です。

昨日、庭に出して、目を離してすぐ、ここにだけ残ってて……」


ミナが手袋をつけて首輪を受け取り、じっくりと観察する。


「バックル部分が……外れたんじゃなくて、“外された”感じですね。噛みちぎった形跡もないし」


「ということは、“誰かが取った”か、“ポチ自身が抜けた”か……」


マヨイが立ち上がり、芝生にうっすらと残る足跡を見つけて小さく叫ぶ。


「助手殿、これじゃ! 足あとがある! わんわんじゃ!」


「わんわんじゃ、じゃなくて数えてください。方向とか」


「うむ……足あとが……この方向に3歩……からの……消えておる!?」


「消えるか!? 空飛んだんですか!? 忍者犬!?」


 

マヨイはルーペで足あとを追いながら、近くのフェンスを見上げた。


「む……この木柵。高さ1メートル20。

ポチの体格ならジャンプは……ちと厳しいのではないか?」


「つまり、誰かが抱えて外に出した……?」


ミナの声に、依頼人・絵美が顔を強張らせる。


「誘拐、ってことですか……?」


 

その時──。


「……ピィッ」


フェンスの外から、鳥が一声鳴いて飛び立った。

その音に、マヨイが妙に感動した表情でポツリ。


「ふむ……“生き物は、風のように動く”……そうか……!」


「えっ何ですか? まさか鳥が連れ去った説とか言いませんよね?」


「いや、ちょっとだけ思った!」


「ちょっとでも思うな!!」


 

その後も調査は続いたが、現場から明確な痕跡は見つからなかった。


首輪。足あと。

残されたものは、あまりに少ない。


 

けれど、マヨイはニヤリと笑ってつぶやいた。


「助手殿これは、ただの“犬の失踪”ではないぞ。

ここには“人の手”と、“犬の意志”が入り交じっとる」


 

迷探偵、確信めいた迷言を残し、次の聞き込みへと動き出す。


向かう先は、ポチの“散歩仲間たち”の証言だった。

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