第25話静かな午後と、失踪の足あと
「ああ、今日はなんと……事件の香りがせぬ日じゃ……」
探田探偵事務所のソファに、探田マヨイは横たわっていた。
トレンチコートの裾はだらしなく広がり、片手にはポッキー、もう片手にはミナが淹れたアイスティー。
「平和でいいじゃないですか。今日なんてめっちゃ天気いいですよ」
「だがそれがいかん。事件のない探偵は、ただのコート好きじゃ」
「いや、もともと“ただのコート好き”でしょ」
ミナのツッコミが、もはや完全にルーティンになっている。
それでもマヨイは構わず空を見上げ、ポツリとつぶやいた。
「わしは、事件に吠えるために生まれてきたのじゃ……」
「犬ですか?」
その時。
事務所の扉が、勢いよく開かれた。
「た、探偵さんっ……!!」
ふたりが振り向くと、そこには息を切らした一人の女性が立っていた。
30代前後の落ち着いた雰囲気の女性。だが今は焦りと涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
「うちの……うちのポチが……いなくなったんです!!」
一瞬、沈黙。
そして、
「来たな!! 犬案件じゃな!? よし、すぐにわしにその犬の気持ちを聞かせてくれ!!」
「なんで犬語前提なんですか!?」
ミナのツッコミを挟む間もなく、マヨイは立ち上がり、どこからか出したルーペを片手に叫ぶ。
「犬の気持ちを読み解くのが、迷……いや、“名”探偵たるものじゃ!」
「今、“迷”って言いましたよね!? 誤魔化さないでくださいよ!」
依頼人は驚いた様子だったが、なんとか状況を説明する。
「うちのポチ、昨日の夕方、いつものように庭に出したんです。
ちょっと目を離した隙に……首輪だけ残して、いなくなってて……」
ミナがメモを取りながら冷静に確認する。
「脱走の可能性もありそうですね。柵を越えたりとかは……?」
「そんなはずは……うちの庭、高さあるし、ポチも高いところ苦手で……」
マヨイがぴくっと反応した。
「つまり、犬自身の意志でどこかへ……というより、“連れ去られた”可能性もあるな……?」
「えっ、そ、そうなんですか……?」
「あるいは……宇宙犬連盟によるスカウトという可能性も」
「ないです!!」
こうして、またひとつ。
迷探偵の“事件簿”が、騒がしく幕を開けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます