第24話その微笑みは、罪なのか

事務所に秋風が吹き込む夕暮れ時。


マヨイは椅子の上で正座し、何かをじっと見つめていた。


「……ふむ。微笑みとは、じつに罪深いものじゃ」


「なに急に哲学っぽいこと言ってるんですか。

さっきまでチョコまん食べてましたよね?」


「助手殿、それは“糖分による思考活性”じゃ。食ってこその推理よ」


「食べてないときないですよねあなた」


 

ミナは苦笑しつつも、机に手を置く。


「……でも、今回の一件。

たしかに、“やさしさ”っていうのは複雑でしたね」


「うむ。やさしさは時に、言葉を封じる。

真実を守るつもりが、かえって誤解を生む。

微笑みながら沈黙する、それが一番ややこしいのじゃ」


「……って、それ最初から気づいてればもっとスムーズに解決してたんじゃないですか?」


「うっ……それはその……あれじゃ、探偵の“プロセス芸”じゃ!」


「芸だったんだ!?」


 

ふたりの間に笑いが広がる。


探偵と助手。

迷ってばかりの探偵と、ツッコミの冴える助手。

だけど、遠回りしたからこそ、届く真実がある。


 

ミナがポツリとつぶやく。


「……“微笑み”って、やっぱり罪なんですかね」


 

マヨイはしばらく黙って、空を見た。


そして静かに言った。


「罪ではない。“願い”じゃよ。

心を守るために浮かべるのが“微笑み”。

時にそれが、ほんとの言葉を押し込めてしまう。

でもな、そうやって遠回りしても、伝わる想いはきっとある」


 


ミナは目を細めた。


「……それ、名言っぽいけど、たぶん今だけですよ。

次の事件でまた『浮気じゃな!』って叫びますからね」


「むっ……それは……多分否定できぬ!!」


「そこだけは素直なんですね!!」


 

笑い声と、秋風。


カーテンが揺れるその向こうに、また新たな依頼人の影が映る。


 

扉のベルが鳴った。


また、“すれ違い”と“誤解”と、ちょっとの涙と

笑いがふたりを待っている。


 

けれど。


大丈夫。


なにせこの事務所には、どこまでも迷って、どこまでも前向きな迷探偵と、

どこまでも冷静なツッコミ助手がいるのだから。


 


そして今日も、真実の少し手前で、


ふたりの“名推理”が始まるのだった。

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