第22話フィットネスジムと謎の受付嬢



 


「つまり、ご主人・立花司殿は、最近“急激に健康志向になった”と?」


 

マヨイは、おにぎり片手に真顔で言った。

しかも“梅しそ”をチョイスしているあたり、自分も健康志向だとアピールしたかったらしい。


 

「そうなんです!」

奈津子は身を乗り出した。

「夜中にサラダチキン食べたり、糖質オフのゼリー買ったり……

“焼きそばパン with 揚げ物”を愛してた男がですよ!? おかしいと思いませんか!?」


 

「たしかに……“ザ・茶色弁当男子”だった人が、いきなり色彩バランス気にし始めたら不審ですよね」


「色彩じゃなくて健康ですけどね!?」


 

ミナがメモを取りながらつぶやく。


「となると、ジム通いの目的は……?」


「ふっふっふ、助手殿。そこはわしが突撃調査してきた!」


「え、また無許可で!?」


「ちゃんと“無料体験希望”で堂々と潜入したのじゃ! 名探偵の偽名で!」


「何て名乗ったんですか?」


「“剣道野 健(けんどうの・けん)”じゃ!」


「ギリギリ訴えられないけどアウトに近い!!」


 

マヨイが差し出したのは、フィットネスジムのチラシと、受付嬢の似顔絵。


やけにスタイルがよく描かれていて、ミナが即座に突っ込む。


「何このバランス!? 顔より脚の方が長いんですけど!?」


「芸術は誇張なのじゃ!」


 

ジムで接客をしていたのは、上野まき(25)。

健康アドバイザーとして、生活改善の相談に乗る業務をしている。


そして立花司は、最近そのアドバイスを受けていた。


「つまり、“浮気相手”ではなく“食事指導の人”だったわけです」


「うむ。“恋の味付け”ではなく“減塩の味付け”というわけじゃな!」


「はいそこうまくないから座って!」


 

さらにわかったのは、司の健康診断の結果が思わしくなかったこと。

血圧や血糖値、その他いくつかの数値に異常が出ていたため、

ジムと提携して改善指導を受けていたらしい。


 

「……だったら言ってくれればいいのに。

“最近、俺ちょっと太った気がする”とか、そういうノリでも」


 

静香がため息交じりに言った。


ミナは静かにうなずいた。


「でも、そういう人に限って“黙って努力”したがるんですよね……。

結果を見せるまで言わないっていうか……」


「うむ。いわば“サプライズ健康報告”じゃな!」


「それが一番ややこしいんですって!」


 

静香は、スマホを見つめながら小さく笑った。


「でも……たしかに、最近ちょっと顔が引き締まってきてたかも。

朝も早く起きるし、お弁当も自分で作ってたし……。

あれって、私のためでもあったのかな」


 

マヨイがきらーんと目を光らせた。


「それこそ“真実のやさしさ”じゃな。

誰にも気づかれずとも、そっと努力する。

そういう男こそ、“静かなるイケメン”じゃ!」


「呼び名が雑すぎます!」


 

静香は、ぽつりとつぶやいた。


「……うちの人、“病気になりたくない”より、“私を悲しませたくない”って、そう思ってくれてたのかもしれないですね」


 

その言葉に、マヨイもミナも、一瞬だけ静かになった。


今回の“浮気疑惑”は、やさしさという名の沈黙が生んだ誤解だった。


 

「……じゃあ、そろそろプリン解禁してあげますかね」


「おおっ! 恩赦!」


「喜ぶポイントそこですか!?」


 

こうしてまた、愛と誤解と糖質制限のミステリーは幕を閉じた。


やさしさは時に、沈黙の中で最も強く光る。

そして探偵たちは、今日もその光を、ツッコミ込みで照らしていく。

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