第19話ピアノとファミレス、そして想いのゆくえ

それは、週末の夕暮れ時だった。

駅前のファミレスに現れた夫婦の姿は、まるで何年ぶりかに“初対面”を果たすかのようだった。


 

「……今日は、来てくれてありがとう」


「ううん。私も……ちゃんと、話がしたかったから」


 

静香と司。

向かい合うふたりの間には、レモンティーとオムライス。

けれどその“間”には、それ以上にたくさんの沈黙が横たわっていた。


 

「……あのね、あの人から……マヨイさん?っていう、変わった探偵さんから聞いたの。

あなた、検査……してたんだってね」


 

司は、はっとして目を伏せた。

それはまるで、ずっと心の奥にしまい込んでいた“引き出し”を、突然開けられたような顔だった。


 

「……ごめん。どうしても言い出せなかった。

怖かったんだ。話して、もし君まで悲しませたらって。

“じゃあ、子どもはどうする?”って言われるのが、すごく怖くて……」


 

静香は、そっとテーブルの端に手を添えた。

以前、カフェで麻里がしたのと、まったく同じ仕草で。


 

「……私はね、“どうする?”って聞かれたら、

“あなたと一緒に悩むよ”って言いたかった」


 

その言葉に、司の肩がわずかに震えた。


「でも……どうせ泣くからって、話してくれなかった。

私、浮気だって思い込んで、すごくひどいことまで考えたの。

あなたの“優しさ”が、私にはただの“距離”に見えちゃって……」


 

「……違うんだ。静香、君のことを考えてたからこそ……」


 

「わかってるよ。今は、わかる」


 

静香は、やさしく微笑んだ。

その微笑みにはもう、“疑い”も“誤解”もなかった。

ただ、たどり着いた“想い”だけが、そこにあった。


 


 


一方そのころ、探田探偵事務所。


 


「うむ。今回の事件も無事解決じゃな」


「いや“事件”ってほどじゃないですけどね。

でもまあ、うまくいってよかったです」


 

ふたりは、夕暮れの窓の外を眺めながら、ふうっとひと息ついていた。


 

「でもさ、ちょっと不思議でしたよね。

ピアノの麻里さんも、検査のことは一切責めなかった。

“お嫁さんにはちゃんと話してね”って、そう言ってただけだったんですよ」


「ふむ……“本物のやさしさ”は、強く主張せずに、背中を押すだけのときもある。

だからこそ、誤解されやすいのかもしれんな」


 

ミナが、ソファに背中を預けて小さく笑った。


「……うまいこと言いましたね」


「ふふん。助手殿、わしもたまには“迷”じゃなくて“名”になるのじゃよ」


「じゃあ次もお願いします、名探偵さん」


 

その時、事務所のインターホンが鳴った。


 

「……あれ、また依頼人?」


 

ドアを開けた先に立っていたのは、

ひとりの派手めな女性。

年齢は二十代後半。どこか怒りを含んだ目で、マヨイを見つめている。


 

「……あの、私の夫、浮気してますよね? あなた、調べられます?」


 


ミナが、こめかみに手を当てる。


「え、また“浮気”ですか……」


「むっ! これは……連続浮気事件かもしれん!」


「違いますって!!」


新たな依頼。

新たな謎。

新たな“すれ違い”が、また、ふたりを待っている。

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