第18話静香、真実に触れる

午後の陽ざしが、事務所の和紙のブラインド越しにやわらかく差し込んでいた。


その明かりの中、静香は少し緊張した面持ちで

座っていた。

向かいのソファには、探田マヨイと佐伯ミナ。


テーブルの上には、あの茶色い封筒が静かに置かれていた。


 

「……司が、その、検査を……?」


 

ミナが頷いた。


「はい。病院名と日付、それにご主人の名前……すべて一致しています。中身は、ご主人が受けた遺伝性の病気のリスク検査でした」


 

静香は封筒に触れようとして、途中で手を止めた。

そっと胸元に手を当て、震える声で言う。


「……それで、あの人……あんなに、よそよそしかったんですね」


 

「おそらく、ご自身でも悩まれていたと思います。

あなたに伝えることで、悲しませたくない。

でも、伝えなければ……一緒に未来を語れない。

その間で、ずっと迷っておられたんじゃないでしょうか」


 

静香の目元に、うっすらと涙が浮かんでいた。


「……馬鹿ですね、私。

笑ってるのを見ただけで、浮気かもって決めつけて……

ほんとは、ずっと誰にも言えずに苦しんでたのに」


 

その横で、マヨイがうんうんと頷いた。


「わしも最初は“完全にクロ”じゃと思っておったがな。

“浮気の証拠”だと鼻息荒くレシートを集めておった。

でも……大事なのは、“証拠”より“背景”じゃ。

どんな想いでそこに至ったか、それを探るのが、探偵の仕事じゃ」


 

静香はふっと笑った。泣き笑いのような、優しい表情だった。


「……ありがとう、ございます。

ちゃんと、話します。司と……ちゃんと、向き合ってみます」


 

「うむ! そうこなくては!」


「でも絶対マヨイさんに直接言われたくなかったセリフですね」


「むっ、助手殿、ツッコミの鋭さが増しておるな!」


 

そして、静香は封筒を胸に抱え、立ち上がった。


「……あの人が、私のことを考えてくれてたって、わかっただけでも、うれしかったです。

“微笑み”って、隠しごとにも、やさしさにも見えるんですね」


 

ミナは静かに頷いた。


「そのどちらでもあるから……ややこしくて、愛おしいんですよ」


 

帰り際、静香がふと振り返って言った。


「……お二人、すごくいいコンビですね。

とても、迷探偵には見えませんでした」


 

マヨイが胸を張った。


「ほほう、それは光栄。助手が優秀でな、わしの名探偵っぷりがますます輝くというものじゃ」


「はいはい、自分で言っちゃったー」


 

静香が笑ったまま、事務所のドアを閉めた。


そしてそのあと、事務所に静寂が訪れた瞬間


 

「……マヨイさん、今の、すっごく名推理っぽかったですね」


「おう、どうじゃ。名探偵・探田マヨイ、健在じゃろ?」


「でも最初、“絶対浮気”って決めつけてましたよね」


「うっ……助手殿、そのツッコミは心に刺さる……!」


 

だがその刺さり具合が、ふたりの“今の距離感”を物語っていた。


迷って、遠回りして、けれどちゃんとたどり着く。

このコンビなら、どんな真実も、笑って迎えられる気がした。

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