第15話マヨイ、潜入する。

「……で、どうして“店員のふり”をしてるんですか、あなた」


探偵事務所から徒歩15分。駅前にあるカフェ・アレグロは、明るい木調の内装が特徴の、落ち着いた雰囲気の店だった。

ミナが入り口から様子をうかがっていると、すでにマヨイは店内の奥で黒いエプロンをつけ、妙に堂々と席を拭いていた。


 「いや、張り込みといえば店員が一番自然じゃろうが。推理ドラマでもよくある手法じゃ」


「この店、あなたの経営でも親戚でもないでしょ? 完全に不審者ですよ?」


「いや、ちょうど空いてた席を拭いていたら、店長さんが“新人の方?”って声かけてきてな。曖昧に笑ってたらそのまま働く流れに」


「いやいやいやいや!」


 ミナは店の端っこのテーブルにそっと腰を下ろし、念のため本物の店員の視線から目をそらした。


「……あの、マジで見つかったら通報されますよ?」


「大丈夫じゃ。わし、最近“顔が覚えられない系探偵”として一部界隈で有名じゃからな」


「なにそれ怖い!」


 とはいえ、すでに何組かのお客が入っており、張り込みとしては申し分ない状況ではあった。

ミナはバッグからノートを取り出し、前回の静香の証言を再確認する。


「“黒いブラウスの女性と、手を置く仕草”、そして“だったらどうする?”……」


 

そのとき、マヨイが後ろ手に持っていたトレイから何かを出し、そっとミナの席に置いた。


「これ。ここのレジで注文したら、こんなレシートがもらえた。ちょうど、事件のあった日付の残りが一枚だけ残っておった」


ミナは驚いてレシートを受け取った。


「本当に働いてる……?」


「任務に忠実なだけじゃ。では、名探偵は再び戦場へ」


 

そこへ、店長らしき人物が奥から出てきて、マヨイに向かって叫んだ。


「おい君! 今週末のバイト希望シフト、記入していってよ!」


 

ミナ「……え? 面接通過してるんですか?」

マヨイ「い、いや……その……成り行きで……」

ミナ「完全に第二の職場にされてる!!」


 

そんな騒ぎをよそに、ミナはレシートに記された注文内容と、店内の座席配置を照らし合わせていた。


「この日付、この時間帯……“奥の窓側席”って、ここじゃないですか」


「おぉ、そこで例の二人が座っていたわけじゃな。では再現してみよう」


マヨイが、するするとミナの向かいに座る。

そして、突然声色を変えて、少し芝居がかった口調で言った。


「だったら……どうする?」


 

「ちょっとやめてください、今すごい浮気の現場っぽくて通報される……!」


 


だが、その言葉の“意味”はやはり曖昧だった。

「だったら、どうする?」


何についての“仮定”だったのか。

それが、ミナにはどうしても気になっていた。


 

マヨイは大げさにうなずきながら言った。


「つまり、このカフェで行われたのは、“未来を揺るがす重大会話”だった可能性が高い!」


「その割にアイスティー2つで軽すぎませんか」


「まさか……アイスティーに暗号が!?」


「……おとなしく帰ってください」


 

だがこのあと、ミナは偶然ある“女性”とすれ違う。


その人物こそ、今回の騒動の“鍵”を握る存在であることに、まだ気づいていなかった。

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