第14話そのカフェにいたのは
「……旦那さんが、他の女性とカフェで話してるのを見たんですね?」
ミナがそう尋ねると、立花静香は不安げにうなずいた。
「はい。ちょうど、買い物の帰りに……駅前の“カフェ・アレグロ”で。二人で向かい合って、楽しそうに話していたんです。声は聞こえませんでしたけど、笑っていて……」
マヨイは腕を組み、うーむと唸ってから言った。
「それは……浮気じゃな!」
「決めつけ早すぎません!? まだ何も出てきてないです!」
静香が苦笑まじりに続ける。
「でも……それ以来、夫の態度が急によそよそしくなったんです。目を合わせようとしないし、仕事が忙しいと帰宅も遅くて……。それで、不安になってしまって……」
「なるほど……“変化の前に現れた影”じゃな。浮気の典型じゃ」
「また断定した!!」
ミナは頭を抱えたが、静香の不安は本物だった。
彼女の話す“夫の変化”は、単なる思い込みとは思えないほど具体的で、繰り返されていた。
「その……お二人は、結婚してどれくらいですか?」
「七年目です。……子どもは、まだいません」
「ふむ、ふむ」
マヨイが、なぜか鼻息荒く手帳に何かを書き込んでいる。
「で、そのカフェでの様子。もっと詳しく覚えていることはありますか?」
「はい……女の人は、私より少し年上に見えました。黒いブラウスを着てて……あと、夫の方が何か言った後に、その人がちょっと笑ったんです。そのとき、こう、テーブルに手を置いて……」
静香が再現するように、テーブルの上にそっと手を重ねた。
「……それがなんだか、すごく親密に見えてしまって」
「恋人っぽいジェスチャーだったと」
「……はい」
マヨイが、ふむふむとうなずいた。
「ちなみに、会話の内容は聞こえなかったのか?」
「ええ、少しだけ。でも、はっきりとは……。“だったら、どうする?”って……夫の声が、かすかに聞こえた気がします」
その一言に、ミナの眉がぴくりと動いた。
だったら、どうする?
その言葉はあまりに曖昧で、だからこそ浮気にも深刻な相談にも聞こえてしまう。
マヨイが唐突に立ち上がる。
「よし、決まった! 捜査開始じゃ! 第一調査地点は“カフェ・アレグロ”!」
「はいはい、張り切りすぎないでくださいね、探偵さん」
「む? これはあれか、恋の張り込みじゃな?」
「何の張り込みですか!」
「そうか、なら“喫茶・愛の刑事課”に改名するのも一興」
「やめて、せめて探偵事務所の体は保って!!」
こうして、“浮気疑惑”の真相を追う二人の捜査が始まった。
しかし、このあとミナは知ることになる。
その“だったら、どうする?”という曖昧な言葉が、
まさか夫の“人生を揺るがす選択”に関わっていたなんて
この時点では、まだ想像もついていなかった。
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