第10話手紙の秘密

 「……これです。書斎の引き出しの奥に、こんなものが入ってました」


ミナが差し出したのは、やや黄ばんだ白封筒。裏には“親展”の文字。封は開けられていなかった。


「ふむ……親展。つまり、“本人以外開けるな”というやつじゃ」


「けど、その“本人”がもうこの世にいないので……」


「よし、わしが開けよう!」


「いや、だからって即座に探偵が開けるのはどうかと!」


「わしは迷探偵じゃ。細かいことを気にしては道に迷えぬ」


「もう迷ってる前提!?」


 


ミナが止める間もなく、マヨイは封筒を開封。中から出てきたのは、一枚の便箋とチラシだった。


「……チラシ?」


「“健康住宅フェア開催中!”……おい、これは……」


「ダイレクトメールですね。封筒使ってくるタイプのやつだ」


「ふ、ふむ。つまりこれは……“偽装された手紙”!」


「いや普通に広告ですって」


マヨイは便箋の方に目を通す。


「ええと……“お元気ですか。こちらは春から老人クラブが再開します”……おそらく友人からの便りじゃな。署名は……“たけうち よしお”」


「竹内さん、祖父と将棋仲間だった人です。何度か手紙のやりとりしてたのは覚えてます」


「ふむ。“よしお”……さては“遺書”の“よし”と“おくりびと”の“お”……」


「意味不明な方向に行かないでください」


 


マヨイは封筒と便箋、そしてチラシを並べてじっと眺めた。


「……じゃがのう、なぜこの手紙だけが引き出しに残されていたのか」


「祖父、引き出しの整理とかあまりしない人だったから……たぶん忘れてただけじゃ」


「それを言ってしまうと“探偵の仕事”が全部吹っ飛ぶのじゃが」


「……すみません」


マヨイはため息をついて便箋をそっと封筒に戻した。


「結果として、手紙にヒントはなかった。だが、“遺言とは違うもの”がこうして大事に保管されていたという事実は」


「全然大事にされてないです。チラシと一緒に放り込まれてたし」


「……む。チラシの方が大事だったのかもしれぬ」


「やめて、その可能性を深掘りするのは」


 


それでもマヨイの顔には、なぜか満足げな微笑が浮かんでいた。


「人が生きた証とは、書類や言葉だけじゃない。チラシでも、封筒でも……記憶のカケラになるのじゃ」


「なんか、急にいい話風にしようとしてません?」


「“風”じゃない。“実”じゃ」


「自分で言っちゃう!?」


 


こうして、手紙の調査は拍子抜けに終わったが、

この“外れた調査”こそが、次なる一手を引き寄せる“地ならし”になっていた。


……たぶん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る