第8話隣人は見た(と言った)

 「ご近所には、聞き込み済みですか?」


ミナの問いに、マヨイは腕を組みながら頷いた。


「まだじゃ。だが、そろそろ“外部からの目”にも注目すべき頃合い。屋敷の内部ばかり追っておったが、犯人が外部から来た可能性も捨てきれぬ」


「でも鍵も閉まってたし……」


「それはそうじゃが、“見た者がいる”かどうかは別の話よ」


 


2人が向かったのは、佐伯家のすぐ隣にある家。

庭には立派なバラが咲いており、ガレージには真新しい自転車が数台。チャイムを鳴らすと、中から元気な声が返ってきた。


「はーい、どなた?」


現れたのは、近所でも有名なおしゃべり好きな主婦・犬飼しのぶだった。犬飼という名前だが、猫を3匹飼っている。


「佐伯家のお嬢様と……その、帽子の方は?」


「名探偵・探田マヨイじゃ。ちょっとお耳を拝借したくてな」


「勝手に名乗ってますけど、事件解決の実績はありませんからね」

ミナがすかさず横から補足を入れる。


「おい、余計なことを言うでない。今、信用を高める大事な時間じゃろ」


「じゃあ名乗り方もうちょっと考えてくださいよ……」


 


マヨイが勝手に玄関マットに座ると、犬飼はすぐにお茶を用意してくれた。妙に居心地がいい。


「で、何か見たっていう話があるんですか?」


「そうそう、あの日ね。先代さんがお亡くなりになった夜よ。夜中に屋敷のほうで人影を見たの」


「ほう! それは初耳じゃ!」


「ただの影かと思ったけど、フェンスの内側をスッと横切る人がいて。大きめの影だったわ。男の人かしら」


「うむ……うむうむ。これは貴重な証言じゃ」


マヨイはすぐに手帳を取り出してメモしながら訊く。


「その人物、どこから入ったように見えた? 屋敷の裏? 正面? それとも屋根から忍び寄って……?」


「さすがに屋根は……。たぶん裏門ね。でも、私も夜中にトイレで起きたついでにチラッと見ただけだから……もしかしたら夢だったかも」


「えっ、急に曖昧に……!」


「あとで考えたら、うちの犬かもしれないのよ。“ジョン”がね、でっかい黒犬で。夜は脱走癖があってねぇ……」


「……犬か?」


「でもね、立ってた気がするのよね。二本足で」


「それはもう犬じゃないです」


ミナが冷静に突っ込みを入れた。


「わしは……混乱してきた」


マヨイはがっくりとうなだれた。


「まさか“見たはずの証言”が、“夢か犬”になるとは……」


「まあまあ、でも外部の影の可能性はゼロじゃないってことですよね?」


「うむ。わしの推理では“ジョンのふりをした人間”が、屋敷に侵入した可能性もある」


「そんなピンポイントな擬態、いる?」


「もしくは、“人間のふりをしたジョン”」


「余計ややこしくなってます!」


 


結局、隣人の証言は有力なようでいて、真実をかすめる“モヤ”のような存在だった。


だが、マヨイはふと思う。


“誰かが、あえて目撃されるように動いていたとしたら……?”


 


その仮説が、物語の流れを少しだけ変えることになる。


……たぶん。

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